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映画『旅立つ息子へ』感想

予告編
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PG-12指定


 本日は ”チャップリンデー” という記念日なんだとか。
由来は単純、喜劇王チャールズ・チャップリンの誕生日からだそうでして。

 そんな本日投稿するのは、映画『旅立つ息子へ』の感想文。

 チャップリンの『キッド』を知っていると、より楽しめる作品だったと思いますよ。


ユーモア


 自閉スペクトラム症(以下;自閉症)の息子と父親の絆を描くヒューマンドラマ。もちろんドラマ部分も素敵で感動できるものがあるけど、ところどころでクスッと笑えるユーモアが織り交ぜられたドタバタ逃避行劇として観られるのも魅力の一つ。


 自閉症の息子・ウリ(ノアム・インベル)の言動が父・アハロン(シャイ・アヴィヴィ)を何度となく戸惑わせる。若い女の子のグループを目にしたウリが、ギンギンに硬化した自身の ”ナニ” によって隆起した下腹部分を隠そうともしないまま、嬉しそうな笑顔で彼女たちに近付こうとする。それに気付いたアハロンの「ちょ、おいお い……!(焦)」という困惑の慌て振りが面白い。(まぁ ”面白い” ……というのは語弊があるかも。こういうことを笑ってしまうのは不謹慎なのかもしれないとは思いますが、どちらかというと自分の息子に振り回されている父親の姿が、世の中の他の親子像となんら変わりが無く、微笑ましく見える、といった方がしっくり来るかな。)

けど一方で、駅のホームで「パパと離れたくない!」と駄々をこね出し、人の往来など何のその、地べたに転がり大声で泣き喚くウリ。そこでもまたアハロンが「ちょ、おいおい……(焦)」という困惑の素振りを見せる。字面だけは同じ「ちょ、おいおい……」と形容しましたが、その素振りや表情が別の役割になり、前出の「ちょ、おいおい」感とのギャップも相俟って、非常に印象強く見えてくる。



 (今更ながら、この形容が正確なのかはさておき→)この「ちょ、おいおい」感に代表されるように、本作は基本的に、父親であるアハロンの視点で描かれることがほとんど。ウリの言動に対する他人の視線を気にするような描写がとても多い。だからこそ、その中でたまに訪れるウリの変化への気付きがとても尊いものに感じられる。

見知らぬ男、それも若干ヤンチャめな雰囲気の青年に “兄弟” と声を掛けられ、目の前にある水を取るよう頼まれるウリ。その様子を心配するアハロンの気持ちを浮き彫りにするかのように、なかなか動き出さないウリのおかげで、観ているこっちまで「大丈夫かな?」と心配になってくる。そしてたっぷりと間を取った後、その青年に水を手渡したウリ。その後に映し出されるアハロンの表情からは、ウリの成長への喜びと驚き、そしてもしかするとウリの自立の兆しに対するちょっとした寂しさみたいなものまで窺い知れる。

無論、息子への愛情からきているものであることは明白ですが、どこか ”ウリを守ること” がアハロンにとっての一番の存在意義になっているようにも見えていたからこそ、彼のそんな寂しさを推察してしまった。ここで不用意にセリフや表情で説明しないのも良い。だからこそ観客は以上のような想像を用いて楽しめるんじゃないかな。


 とはいえ、実は本作の中にはアハロンではなくウリの視点で描かれたシーンもある。あるトラブルのせいでパニックになり泣いているウリの視点。その目に映るのは連れていかれる父親の姿。そして、音が籠り出して何も聞こえなくなる……。唯一のウリの心情描写が「何も聞こえない」「わからない」という描かれ方になっていることと、これまで常にアハロンの視点で描かれ続けてきたことによって、逆説的に「アハロン自身もウリのことが分からなくなっているのでは?」とさえ考えさせてくれているシーンだと思いました。一番の見所かもしれません。



 常にアハロン視点で描かれ、且つ他人の視線が気になるような描写が多かった物語。自閉症の息子に対する、“当事者ではない者の意見” へのアハロンの苛立ちが非常に色濃く出ていた印象。そしてそれを先に提示することで、“当事者ではない者の話を聴かない”、或いは “耳を傾けない” というアハロンの落ち度が、後半になって浮き彫りになっているのも面白い。この順序でなければ、単に「頭の固いオヤジ」「意固地になっている」という嫌な印象ばかりが際立ち、ウリへの愛情が薄れて観客に伝わってしまっていたかもしれません。


 形こそ違えど、どこか『クレイマー、クレイマー』を彷彿とさせられた本作。寄り添うことが親子の愛の形なのか、見守ることが是なのか。知っているからこそ心配になってしまう。でも知らないところで上手くコミュニケーションが取れているウリの姿も描かれる。自閉症の家族との向き合い方は難しい。誰かが付いているべきじゃないか。けれど庇護の下だけでは何も生まれない、変われないんじゃないか。そんなことまで考えさせられました。



 最初に、やたら古臭くてメロディアスで、でもどこか聞き覚えのある音楽が流れて始まる本作。その瞬間こそ気付かなかったけど、物語の中で重要な要素の一つであるチャップリンの映画『キッド』にリンクさせたもの。この名作が素晴らしい役割を担っている。最期になって書くことじゃないけど笑、『キッド』を知っているとより感動できるかもしれません。物語とのリンクもあるし、実は脚本のデイナ氏の境遇とも切っては切れない存在なんだとか。

アハロンとウリが歩む道はとても険しいもの。そんな厳しい現実を救ってくれる “ユーモアの大切さ” を気付かせてくれるという意味でも、本作にとってチャップリンは重要な存在に違いない。


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