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映画『アイアンクロー』感想

予告編
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最近サボってたけど久しぶりにまとめて映画感想文投稿しようかと⑧



呪い


 本作の冒頭、主人公ケビン(ザック・エフロン)の幼少期——彼の父であり伝説的プロレスラー、フリッツ・フォン・エリック(ホルト・マッキャラニー)の現役時代——のシーンがモノクロで描かれています。

 そしてその少し後には、モノクロからカラーのシーンへと移行するのに合わせて本編——ケビンの現役時代——に切り替わる。冒頭のフリッツの試合と、その後に描かれるケビンの試合描写が、とても対照的に見えて面白い。


 冒頭、フリッツの試合シーン。まず初めに、誰も居ないリングと観客席が遠目のアングルで映され、そこから相手をボコボコにしているフリッツの顔のアップへとオーバーラップしていく。
 盛り上がる観客がスクリーンいっぱいに溢れ、歓声が飛び交っていたケビンの試合シーンとは異なり、フリッツの試合では観客の姿が見えづらいし、おまけに聞こえてくる音も歓声というよりはブーイングの色が濃い。プロレスの魅力やレスラーの逞しさ・かっこよさではなく、むしろ怖さ・恐ろしさというか、なんならプロレスという格闘技以上に、フリッツ・フォン・エリックという人間自体を印象付けていたシーンにも見えてくる。何より、オーバーラップして見えてくる彼の姿が、やられている側の視点から見上げているかのような画角だったのも印象的。そこで表示される『THE IRON CLAW』のタイトルバック……。
 ケビンの試合シーンとの対比も相俟ってなのか、本作における「アイアンクロー」が何を象徴するのかを、観客に予期、或いは想像させてくれる気がします。


 後々のシーンでも語られている通り、主人公ケビンら兄弟を含めたフォン・エリック家は「呪われた一家」とも呼ばれていますが、「アイアンクロー」、延いては父親であるフリッツ・フォン・エリックの存在そのものが、まるでケビンら兄弟たちにとっての一番の “呪い” であったかに思えてくる。父親の存在、力を、勝利を求める至上主義、恐ろしさ、畏怖……。あくまでも観終わってから、改めて振り返ってみての感想ではありますが、どこか強迫めいた呪いの気配をも匂わせてくる冒頭シーンでした。
 そう考えてみると、やられている側の視点にも見えるタイトルバックのカットは、もしかするとケビンら兄弟にとって父親がどういう存在だったのかも暗に示していたのかもしれません。


 もう少し冒頭のシーンについての話。モノクロのシーンではフリッツの試合だけではなく、その試合後のフォン・エリック家の様子も少しだけ描かれています。
 車の中で、家庭の事や将来などについて夫婦での言い合いが始まるのですが、フリッツは妻のドリス(モーラ・ティアニー)の主張などまるで気にも留めていないかのよう。とにかくプロレスの世界王者になることで全てが解決できると言わんばかりの言い草。運転席と助手席にそれぞれ座っている二人ですが、カットを割ることで、映像的には、二人が違う方向を向いているようにも見えるので、夫婦間での心のズレを暗に強調していたのかもしれません。

 今思えば、ケビンたちが大きくなってからも、「クリスマスは家族一緒に~」と言っていたり、末っ子のマイク(スタンリー・シモンズ)が大学キャンパスでの夜間ライブに出演することに反対し、一緒に家に居るように命じていたり……。世界王者の座を獲得することで頭がいっぱいだったフリッツとは異なり、ドリスは常に家族が共に在ることを望んでいたんじゃないかな。

 また同時に、その夫婦の言い合いを後部座席で幼少時のケビンが黙って聴いていた姿も印象的。本編に入る前にモノクロでこの一連のシーンを描くことで、ケビンにとっての原体験というか、「強くならなければ」という強迫観念だったり、父親からのプレッシャーだったりが植え付けられていたんじゃないかとすら思えてしまいます。




 ネタバレ防止のため詳細は割愛しますが、観ていて本当に辛くなることが度々あった本作。実話を基にした物語なので、プロレスファンの方であれば、ある程度予想しながら鑑賞することも可能だったかもしれませんが、何も知らずに観ていた僕にとってはね、本当にもう……。その都度、どこか打ちのめされたような感覚になってしまいました。ケビンがあまり多くを語らずにいる姿もまた、胸が締め付けられる。特にタイトル戦の前辺りからの追い込み方は凄まじい。


 決して明るくはない物語ですし、……うーん、何て言うんでしょう。誰かを憎みたくなってしまうような展開にも見える物語ですが、それ以上に兄弟の絆が際立っていたことこそ、本作の一番の見どころだと思います。兄弟、もっと広く言えば家族。

 この物語の中でケビンを追い詰めていたものは、枷、重圧、強迫観念……等々、色んな形容が浮かぶとは思いますが、物語に準えるなら、やっぱり “呪い” が最もしっくりくる気がします。悲しいことにそれは、形こそ違えど現代にも残っているもの。ケビンがそんな “ある種の呪い” を背負いながら、その上で多くの辛い経験を経て、なお戦い続けられたのは、きっと兄弟たちの存在が大きかったからなのだと思いました。その大切さを噛み締めるかのようなラストも忘れられません。


 本物のプロレスラー顔負けの肉体を披露してくれたザック・エフロンの役作りには脱帽ですが、屈強な肉体とは対照的に、とても優しい瞳をしていたのも印象的。本作の深い味わいは、彼の眼差しがあってこそ。そんな気がしてなりません。



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