映画『ドリーム・ホース』感想
予告編
↓
落差
イギリス・ウェールズの片田舎。村の人たちで資金を出し合い育てた競走馬が、次々とレースを勝ち進んでいくという奇跡の実話を基にした物語。
正直言うと、僕は競馬に限らずギャンブルには全く興味がなく、パチンコや競輪・競艇、宝くじ等と同じようなものだと思っていましたが……、完っ全に見る目が変わりました。
主人公ジャン(トニ・コレット)の日常が描かれていく序盤のシーン。その広さには見合わない、やや閑散気味のスーパーでレジを打つ様子からは、どこか彼女の日常を象徴しているかのように感じられてくる。
たとえば、ジャンの呼び掛けにはほぼ生返事、逆に口を開いたかと思えば、その日の夕飯の献立を訊ねるだけの夫。
憎まれ口とまでは言わないが、あまり良い気分にはならないような話しかしない両親の介護。などなど……。
ベルトコンベアーに乗って流れてくる商品のバーコードを、どこか疲れたような表情でただ機械的にピッ、ピッ、と一つ一つ読み込んでいくというレジ打ちの様子は、まるで退屈で、そして変化の訪れない、そんな日々を過ごす彼女の心情の暗喩とも言える気がしてくる。
たしか劇場公開前か公開直後ぐらいだったかな? “推しのいる生活”、或いは “推し活” という、とてもキャッチーな形容が用いられているネット記事を目にしましたが、言い得て妙とはまさにこのことかと。本項でもこの形容を引用させて頂きます。
とはいえ、実を言うと僕は、今まで明確に “推し” というものを持ったことがありません。そんな僕なりに “推し” のいる生活というものを考えてみると、日々の活力の源のようなものだと思うんです。
「来週、仲の良い友達と旅行に行く」
「新しい恋人ができた」
「明確な夢や目標がある」・・・他にも色々。
劇中ではウェールズ語で「ホウィル」という言葉で、まるで合言葉やモットーのように用いられていたその「胸の高鳴り」は、日々の景色を一変させ得るということを、本作は再認識させてくれる。
村の人たちの想いを乗せたその馬の名前は「ドリーム」。このネーミングのおかげで、彼(本項では馬ではなく “彼” と呼びたい)のことを想う、彼について話す、という登場人物たちの言動、一挙手一投足が、文字通り夢や希望を想起させてくれる。
ともすれば、安直だとも思われかねない名前かもしれなくとも、シンプル・イズ・ベスト、そして何より実話であるという事実そのものが、この名前が持つ象徴性に凄まじいパワーを与えてくれていたに違いない。
今思えば、物語の終盤を迎える頃には、彼はとっくに僕にとっての “推し” へと昇華していた笑。それはきっと多分、劇場に訪れていた他のお客さんたちも同様だったはずだと思いたい。
谷あいにある村という舞台のせいもあるのかもしれませんが、夢や希望の美しさが映える本作は、同時に落差も際立っていた印象があります。何か事態が好転する、希望の光が見えてきそう……そんな瞬間、或いはそういったことを予期させる瞬間、スクリーンに陽の光が差し込んでくる。
両親の介護をする時など、若干暗めが多かった部屋の窓から、レースカーテン越しに陽の光が差し込む。
序盤で退屈な日々の暗喩かのように述べたスーパーでの勤務中に、不意に陽の光が差し込む。
暗さや退屈さといった舞台上・物語上とのギャップも相俟って、福音をもたらす陽の光の描写があるからこそ、逆にそこからドンッと落される展開に、より大きな落差を感じさせられていた節もあるんじゃないかな。
だからこそ、終盤で描かれるラストレース開始時、曇天とも晴天とも言えない、うっすらと靄(もや)がかかった天候に、前述の「ホウェル(胸の高鳴り)」とはまた違ったドキドキを感じてしまう。
「おとぎ話のような」「奇跡のような」「感動の実話」等々の謳い文句を既に見聞きしていたにも関わらずだ。
まぁそのおかげで、村の人々に負けず劣らず、終盤のシーンで全力で彼を推すことができるに違いないんだけどね。
本項冒頭で、競馬を見る目が変わったと述べましたが(偉そうにすみません……💦)、実は本作でも、競馬が持つギャンブル性に良いイメージを持たない人物がちゃんと登場しています。
推しとは、ある種の贔屓かもしれません。しかしながら、こういった一方的な押し付けではない要素があるのは非常に好印象でした。
その上で、競馬を魅力的に描いている。この正々堂々という、感動の物語に見合う公平な感じもまたステキ✨
馬主組合を作る際にメンバーが確認し合っていた「決して儲けることが目的ではない」ということ。そして終盤での村の人々の盛り上がり様。競馬はギャンブル性だけではない。想いや気持ちが人を熱くさせるスポーツなんだ。繰り返しになりますが、完っ全に見る目が変わった感動作でした。
#ドリーム・ホース #映画 #映画感想 #映画感想文 #映画レビュー #競馬
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