見出し画像

映画『さかなのこ』感想 

予告編
 ↓ 



……実は公開時、ある人物の不祥事が明らかとなり(全然メディア等で話題になっていなかったのが不思議でしたが)、とても嫌な気持ちになった方もいらっしゃったかもしれません。

でも、とても素敵な映画だったから、ちゃんと発売になって、何より公開になって、世に届けられたのは本当に良かったと思っています。


さかなクンの自叙伝『さかなクンの一魚一会 まいにち夢中な人生!』を基に、フィクションを交えながら描かれた映画です。



主人公


 映画の冒頭、いきなりの黒バックに「男か女かはどっちでもいい」という文字。なんか本作のルールというか見方を提示されたようで、主人公のさかなクンを演じるのんさんの姿も、男の子だとか女の子だとかいう視点ではなく、純粋に “魚が好きな子” として見ることができます。本作から性的なにおいが一発で排除されたようで、非常に清々しい。

そして何より、このド頭の宣言によって、本作の雰囲気までもが上手く醸成されていた印象です。個人的には、映画『ビー・バップ・ハイスクール』とか映画『翔んで埼玉』の冒頭のナレーションみたいなものと一緒だと感じていて、観客をリラックスさせてくれる。さかなクン自身はご自身の半生を「実際は反省の連続だった」とインタビューで語っていたけれど、作品全体の空気はとても明るく、とても素敵な後味になる映画でした。


 ご本人も「反省」と口にしていましたが笑、一概に美化できない程の信念や情熱を持つミー坊が主人公の本作。〈普通〉とは何ぞや?みたいな話になってきてしまいそうですが、周囲の人たちとはちょっと違うミー坊の言動が生むズレが、柔らかなユーモアになっています。それは決して嘲るような笑いではありません。沖田修一作品との相性の好さを感じさせるし、実際に劇場では笑い声も聞こえてきていました。色んな人に影響を与え、逆に色んな人から支えられていたミー坊の物語を描く本作には、根っからの悪人というのが一人も出て来ない。そういった作り方も全体の明るさに繋がっています。



 ある時、登場人物の一人がミー坊のことを「主人公みたい」と称する。周りの空気や風潮といった圧力に流されるわけではないけれど、単に真っ向から逆らうわけでもない。周囲の人間が自然と彼のテリトリーに引き寄せられてしまうような個性を放ち、しかし一方では魚の話になると意地でも絶対に譲らないような強情さも持ち合わせている。

「主人公みたい」という形容は、ともすれば先述の「ちょっと違う」が故の感想に聞こえなくもないけれど、実のところ、その言葉には以上に述べたようなミー坊の姿勢が反映されていたように思います。



 再び、〈普通〉とは何ぞや?という話になってしまいそうですが、他者との違いを個性や魅力ではなく、反対にネガティブなものとして捉える人が存在することもしっかりと描いていた本作。周囲から変人扱いされていたギョギョおじさんについてのシーンはわかり易かったと思いますが、個人的に一番印象的だったのは、ミー坊の両親の会話シーン。

子供たちは既に寝ていると思い込んでいる夫婦がミー坊のことについて台所で話をしているのを、ミー坊がこっそりと見ている……。両親を映すその画角は、それを覗いているミー坊の視点であることが容易にわかるように描かれています。いつもミー坊を庇い、常に受け入れてくれている母・ミチコ(井川遥)の顔は角度的によく見えず、一方で「あの子は変」と強く否定気味に話す父・ジロウ(三宅弘城)の姿は画面の中心に据えられている。この見え方一つだけで、肯定より否定の言葉の方が印象強く胸に刺さっていたことが如実に伝わってきます。

こういった構図の妙みたいなものも、沖田修一作品の魅力の一つなんじゃないかな。父親との離別など、わざわざ暗めの話を描かずにスッ飛ばして語られていた物語だっただけに、このシーンも含め、モモコ(夏帆)とのエピソードなど、全体的に明るいからこそ印象的に感じられました。



 ちょっと暗いことを述べちゃいましたけど、先述した通り、全体的に明るい映画です。ミー坊、もとい、現在のさかなクンがギョギョおじさんを演じるというのも、このキャスティングそのものによってギョギョおじさんへのリスペクトを強く表現しているように思えるし、クライマックスでのミー坊の言葉からもわかる通り、彼はこれまでの人生の全て——自身の個性、それによって引き起ってきたことの諸々、失敗も成功も何もかも——において、感謝を忘れずに生きているように感じられました。

自己顕示欲や承認欲求が希薄だったり、境遇を恨むことがないのも、周囲の人々、そして何より自分を育ててくれたお魚さんたちへの感謝の表れ。お魚さんたちや、これまで支えて来てくれた人々に対する、さかなクンからのある種のラブレタームービーのようにも感じられます。貰ったものや支えてもらったこと以上に感謝やリスペクトを示す、そんな人間力溢れる姿も、まるで “主人公みたい” です。



 監督のインタビューでも「スタッフの誰かが言ってた笑」という話が出ていたそうですが、どこか『フォレスト・ガンプ』を彷彿とさせる、主人公のことを好きに、或いは愛おしく感じられる一本です。


#映画 #映画感想 #映画感想文 #映画レビュー #コンテンツ会議 #さかなクン #沖田修一 #のん #さかなのこ

この記事が参加している募集

#コンテンツ会議

30,708件

#映画感想文

66,330件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?