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映画『ぶあいそうな手紙』感想

予告編
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 「ふ(2)み(3)」の語呂合わせから、毎月23日は「ふみの日」。また、7月(文月)の23日だけは特別に「文月ふみの日」なんだそうです。

 というわけで本日は、手紙に関わる映画の感想文を一本。よければ読んでくださいな。


ぶあいそうでぶきような手紙


 ブラジルから届いた素敵な映画です。事情は全然詳しくないけれども、日本と同じで高齢化が進んでいたりするのでしょうか? 本作は、視力を失いつつあるほど目が悪くなった頑固者の独居老人エルネスト(ホルヘ・ボラーニ)と、ひょんなことから彼の為に手紙を代読してあげることになった女性ビア(ガブリエラ・ポエステル)の物語。主人公の目の悪さが、二人の交流のきっかけだけではなく色んな所で上手く機能しているんです。

 自慢じゃないが、僕は子供の頃から視力2.0。まぁそれでも近頃は若干落ちてきたから、正確に言えば1.5~2.0の間といったところかな……。だから素直に言ってしまうと、目が悪い人の苦労は共感してあげられませんが、本作は “目が悪い” 乃至は “ピントが合わない” という事実を上手く映像に利用しているところが面白い。そのシーンの登場人物だとかキーとなるアイテムなどにピントを合わせ、奥に映る背景をボカす撮り方は、ポートレート写真のようなシンプルな見栄えの良さ以上に、被写体以外がボケているという構図が、被写体——要するにエルネストが意識を向けている対象——以外への意識までもがボケているのではないかと思わせてくれる。エルネストという男は視界、視野だけでなく、人間関係というか自身の心情的にもピントが合っていない主人公なのです。冒頭のシーンなんか正にそう。視線を外しているどころか、周囲のピントも合っていない映し方は、頑固オヤジの「聴く耳を持ちません」宣言のようで面白い。

 そんな男が、見ず知らずの女性に手紙の代読をお願いせざるを得ないのだから、老いというのは難しい。でも、家族から何を言われても頑として姿勢を変えない男が “老い” と向き合うきっかけでもあるのだから、実は良いことなのかな? こういうのはピントが合わないではなく “目を背けていた” って形容の方がしっくりきそうです。

(ちょっと話は脱線しますが、隣に住む友人とチェスをしながら健康診断の値を言い合うシーンは印象的。その日の劇場には(たまたまかもしれませんが)中高年~お年寄りのお客さんの数が多く、「オレの~~値は〇〇だ」という不健康自慢のセリフの度に、うっすらと劇場に笑い声が聞こえてきました。正直、その項目や数値云々のセリフではピンとこなかったものの、その笑い声のおかげで「あ、心当たりがある項目なのかな?」「これは良くない数値なんだな」と思えてきて、ついつい笑顔になってしまいました。こういうのも映画館で観る魅力の一つですよね。)




 頑固者だ何だと、ここまでさんざっぱら “とっつきにくい男” かのように述べてきましたが、本当はとても心優しいエルネスト。一方のビアは、手紙を代読してくれてはいたものの、実はあまり褒められたものではない側面も持ち合わせる人物でもありました。なのに彼は、そんな彼女を許す。敢えて気付かない=“見えない” フリをしてまで。正直、優しくしたり見逃している程の余裕は彼には無いはずなのに、なぜかそんなことをする。その明確な理由が描かれていないのは、これまでに述べた “目が見えない” という要素に足並みを揃えてのことなのかもしれないけれど、描かれていないからこそ、彼が性善を信じている男なのだと思わせてくれる気がするんです。

 物語中盤くらいかな? 手紙の代読だけでなく代筆も頼むような間柄になった時、「親友に “拝啓” はぶあいそうだよ」などのビアからの指摘からも窺い知れる通り、エルネストは元来、ただ不器用なだけの男なんです、きっとね。息子や家政婦さんからの忠告も何のその。そんな姿勢を貫く彼の姿に、ビアも行動を改める。正直に白状するし、エルネストのために手伝いもしようとする。そんなシーンの度に、「ありがとう」も「ごめんなさい」も上手く口に出せない二人が描かれる……。なぁんだ、不器用なのはお互い様だったのか笑


 ある時、隣人が引っ越すことになる。同じく独居老人の身となったその友人との別れ。「別れの言葉は女々しい」と、これまたぶあいそう、もとい不器用な態度のエルネストでしたが、別れのその瞬間には人並みの別れの告げ方をする。これがあったからこそ、その後のビアとのシーンがより素敵に見えたのかもしれません。


 メールや電話、LINEからSNSのDMに至るまで、多種多様な連絡手段があり、いつでも誰とでも繋がれるこの時代にも関わらず、いやだからこそ、手紙というアナログなツールでもって人との繋がり(付き合い方)が不器用な二人を主軸にした、とても素敵な映画でした。


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