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記憶の欠片

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それは、過ぎ去りし日々の欠片
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登れぬ坂

登れぬ坂

 ”とんがり帽子のアパート。妻を亡くし我が子との生活。好き嫌いの多い子だ。どうやら海苔巻きは気に入ってくれたらしい。具のない海苔巻きに醤油をつけて食べている。それからライスボールもいい。カツオのふりかけを混ぜて作ると、よく食べてくれる。皮膚も弱いから、あまり油物は食べさせられない。この間、店で買ったドーナツはよくなかった。食べたら直ぐに搔きむしって大変だった。どうやら、あの店は古い油を使っているら

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遠き墓標

遠き墓標

 警察というのは疑うのが仕事である。常々、彼は言うのだった。
「警察がなんだ。馬鹿警察の言うことは聞くな。」
馬鹿警察とは全く的を射ていると思う。

 彼女が去って真っ先に後ろ指を指されるのは彼だった。
「愛情が足りなかった。」
「かわいい姪を大事にしなかった。」
親戚というものは、そういうものなのだろう。被害者に徹している方が都合がいい。そうして彼の兄までもが弟に疑念を持ったとき、彼は自身の家族

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母なき仔

母なき仔

 母の日に想いを寄せて…
 
 あの日、彼女は言ったという。
「あなたと一緒になれないなら私は死ぬ。」
彼は何と答えただろうか。私には分からない。

 彼は病気だ。ベーチェット病という。リウマチ症状や粘膜の炎症などを引き起こす。膠原病というものの一種らしい。咽頭に潰瘍ができてしまうと息ができなくなる。その通り道は小さな縫い針の先よりも細いのだという。 喉には穴を開けており普段はガーゼで塞いでいた。

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