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アオサギが不気味なのは最初だけだった

私は宮崎駿のファンでもジブリ映画のファンでもない。宮崎アニメは全部ではないがほとんど見た。でも、説教臭く感じてしまってどれも好きになれなかった。私は宮崎映画とは相性が悪いらしい。

なのに、どうしてこの映画を見ようと思ったのかというと、「君たちはどう生きるか」というど直球のタイトルと、ポスターの不気味なアオサギのイラストが気になったからだ。

例の感染症のパンデミックが起こって、その感染症の正体もろくにわからないのに、なぜだか待ってましたと言わんばかりの速さでワクチンが登場し、治験も十分に行われないまま、まるで戦時中のように国をあげてワクチンを打て打てと言い、ワクチンを打たない人はまるで非国民のように肩身の狭い思いをするという風潮が生まれた。あの戦争が終わって80年近く経とうというのに、今でもこんな同調圧力が起きるのかと恐ろしくなった。ようやく感染症が落ち着いてきたら、いつの間にかAIがどうのこうの、という世界になっていた。

人々のコンセンサスが十分に固まらないままに、あれよあれよといろんなことが進んでいく。まるで、誰かが私たちに考える時間を与えたくなくて時計のスピードを速くしているかのようだ。

パンデミック前とはすっかり世界が違ってしまったように見える。こんな時代にどうやって生きていけばいいかわからなくて戸惑いを感じる。この先、さらに加速度的に世界は変わっていくだろう。世界が変化するのと同じスピードで自分の意識や生活を変えていけるだろうか。そんなことは微塵も感じていない、もしくは気づいていてもそういう現実を見ようとしない人が多いように感じるが、私の感覚がずれているのだろうか。

「こんな時代にどう生きればいいのか」という、私が近年抱えている答えの出ない問いに、「君たちはどう生きるか」というフレーズは絶妙なタイミングでエコーのように私に跳ね返ってきた。だから、「宮崎さんはこの問いにどういう答えを導き出したのだろう。簡単に答えは出ないにしても、映画の中で私たちと一緒に答えを導き出そうとしてくれているのだろう」という期待を持ったのだ。

ただ、アオサギのイラストが気になった。タイトルが「君たちはどう生きるか」という健全で真っ直ぐな問いかけをしているのに、このイラストの気味悪さは一体なんだろう。嘴の下に鋭い目があることも異様だが、それ以上にアオサギの目が死んでいるのが気持ち悪かった。私だけでなく、おそらく多くの人が心のどこかでうっすらと感じている不穏さや不気味さを思い出させようとしているのだろうか。

とにかく、今話題になっている宮崎駿の最新作という以外何もわからないまま(映画を見に行くときはたいていそうだが)、訳のわからなさそうな映画だなという印象だけを抱えて、でも、私の問いに対するなんらかのヒントが見つかるかもしれないという期待を抱いて見に行った。

それで、そういうものは見つかったのかというと、見つからなかった。ただ、宮崎駿は、ラストで不安定に積み上げられた積み木が崩れて、主人公が自ら足を踏み入れた異界が崩壊していくシーンを描くことで、私たちが住むこの世界はほんのわずかにバランスが崩れただけで脆くも崩壊してしまうような危ういものなのだという認識を示した、と私は思った。そして、それは3年くらい前から私が感じている気味悪さーー目にははっきりと見えないが、世界のバランスが崩れ始めてとても不安定な状況になっているという、直感とか肌感覚のようなものーーと同じものなのだろうと思った。

納得いかなかったのは、映画の前半で悪魔の使いか何かのように不気味な描かれ方をしていたアオサギが、後半になると主人公を助けるいい奴になっており、既視感を抱かせるコミカルなオヤジキャラに変身してしまって、わかりやすい子供向けのストーリーみたいになっていたこと。ポスターのアオサギの不気味さは後半になると全く消えていたことに、唐突な感じを受けた。

それから、異界が崩れ落ちる間一髪のところで主人公たちは元の世界と異界を繋ぐ扉から脱出して元の世界に生還し、普段の生活に戻るというエンディングも、冒険ファンタジーにありがちなハッピーエンディングで、肩透かしを食らったような感じだった。

主人公の少年と同じような年頃の観客にとってはドキドキハラハラする冒険ファンタジーで、見終わった後、ちょっと大人になった気分を味わえそうな映画だ。でも、大半の大人の観客は見終わった後、私と同じように「あれ?」という物足りなさのようなものを感じたのではないだろうか。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

昼間でも聴ける深夜放送"KombuRadio"
「ことば」、「農業」、「これからの生き方」をテーマとしたカジュアルに考えを交換し合うためのプラットフォームです。


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こんぶ
ライター、日本語教師、KombuRadioパーソナリティー。21年間住んだニューヨークから帰国。noteで知り合ったパートナーとYouTubeで「昼間でも聴ける深夜放送”KombuRadio”」スタート。noteでほかのライターと「ニューヨーク、ときどきDIARY」でコラボ。





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