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外から見た日本語16 「なんちゃって平安朝日記」ことはじめ

男もすなる日記というものを我もしてみむとて、それの年の睦月の十日あまり一日書き初(そ)むるなり。

橋本治なる物書き人、枕草子を桃尻語なる現代の大和ことばに翻訳しつれば、われ、現代の日記を平安の大和ことばにて書きしるさむとするなり。

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数日前、ふと、平安時代の大和ことばで何か書いてみようと思った。平安時代のことばを現代の暮らしの中に蘇らせたらどんな感じになるだろう。1月11日をあの時代の方々は「むつきのとおかあまりひとひ」なんぞと言い表していた。この忙しい時代に平安時代の悠長でまどろっこしいことばで話したり書いたりしたら、時間感覚も変化するのではないだろうか。

現代のことばでは限界がある表現も、平安時代くらいまで遡って使用語彙を広げればかなりゆたかに表現できるのではとの仮説を立て、ならばやってみようと思ったーーなんていうとちょっとくらい学術的に考察した上での決意のように聞こえますが、単なる思いつきです。

思いついて数秒後にぶち当たった壁が

「私は平安時代のことばなんて知らなかった!」

という現実。「私」というのだってなにを使ったらいいのかよくわからない。多分「我(わ・われ)」だろうと思ったけれど、身分や性別などによってことばが異なる可能性もありそうだ。平民の私はなにを使うのが適当なんだろう。

そこで、現代語から古語を調べる辞書はないだろうかと、「逆引き辞典」のキーワードで検索したら、「現代語から古語を引く辞典」(三省堂)が見つかった。その名の通り、現代語から古語を調べることができる辞典。短歌や俳句を作る人を主なターゲットとして編集されたものらしい。

ほとんど消滅しかかっていた私の物欲がふつふつとわいてきた。この辞書はすぐにでも手に入れたかった。さっそく昨日の夜アマゾンに注文したら17時間後に届いた。初めて「アマゾン偉い!」と思った。子供の頃、枕元ににサンタクロースからのプレゼントを見つけたときみたいに嬉しさがこみ上げてきた。これからこの辞書は私の格好のおもちゃになるだろう。

さっそく「私」を引いてみたら、案の定、山のように出てきた。

あ・あれ(我・吾)、あこ(吾子)、うぬ(己)、おこ・おのれ(己)、オレ(己・乃公)、ぐらう(愚老)、げせつ(下拙)、ここもとち(此方)、こちと(此方人)…などなど40もあった。でも、使い方までは説明がないので、適切に使おうと思ったら、これをさらに通常の古語辞典で調べなければいけないだろう。じゃあ、また古語辞典を買わなきゃ。せっかくニューヨークに持って行ったのにほとんど使わず、帰国前に捨ててしまった…。

それから、「かわいい」と「かっこいい」を引いてみた。「かわいい」も数十出てきたが、「かっこいい」はこの辞書には出ていなかった。「格好」はあるが、「なり」、「みざま」、「みぶり」とだけ。私は「かっこいい」をよく使うのでがっかりした。「格好」の意味と「よし」を足して「なりよし」、とか「みざまよし」とか言えばいいのだろうか。

この辞書は画期的だと思うが、強いて欠点を言えば、これらのことばがいつの時代に使われていたかの記載がないこと。平安時代のことばなのか、武士が活躍していた時代の侍ことばなのかわからないので、私の平安朝日記にはいろんな時代のことばが混じってしまう可能性がある。だから、「なんちゃって」という言い訳がましい枕をつけた。

あ、それから高校時代は大っ嫌いだった動詞や助動詞の活用も復讐しなくっちゃ。昔の人はよくこんな複雑に動詞や助動詞を組み合わせ、意味に応じて活用させた文章を作ったり言ったりしたものだと感心する。頭で文法や助動詞の活用を唱えながら喋っていたはずはないので、耳で聞いて旋律やリズムが心地いいから歌を口ずさむようにして、自然に覚えてしまったんじゃないだろうか。

私が平安時代のことばで日記を書いてみたいと思った理由はまさにそこにある。ことばの意味だけじゃなくて、平安時代の典雅で優美な大和ことばの響きやリズムを使って遊びたいと思った。

つい先週ぐらいまで私にはお笑い芸人の指導霊がついていたが、なかなか私の相方が見つからないので諦めたのかどこかに行ってしまったらしい。気が短いやつだ。でも、私は諦めてない。漫才のネタも書くつもりだ。

とにかく指導霊の座が空いたので、空いたポストに清少納言と紀貫之が入ってきたらしい。清少納言は「私のように平安朝のことばで文章を書け」と言い、紀貫之は「男もすなる日記というものを女のお前も書いてみろ」と言う。かくして

われ、いご「なんちゃって平安朝日記」をこそものすなれ。


お断り:「なんちゃって平安朝日記」は古典へのアカデミックなアプローチではありません。平安朝のことばを使ったことば遊びという試みですので、文法的な間違いなどは多々あると思います。その点、どうぞご了承ください。また、間違いをご指摘いただいたり、正しい用法などご教授いただければ大変ありがたく思います。



らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

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