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 【書評】「栞をはさんで、離さんで。」について思うこと

とある本を購入した。

「栞をはさんで、離さんで。」という、リズミカルな響きが心地よいタイトルの本は、以前からその世界観が好きで読ませてもらっているnoter、枝折しおりさんが書いたものだ。

先に行われた文学フリマなるものに出展すべく、彼女は長い時間と手間を掛けてこの本を作った。
たまにTwitterに流れてくるタイムラインには制作の過程も垣間見え、苦労や緊張感を漂わせつつも本の完成やイベント自体を本当に楽しみにしている様子が見て取れる。

彼女は僕の記事にも度々コメントを寄せてくれたり、音声配信イベントでは直接お話ししたこともあるため、彼女の処女作については何となく気になっていた。
しかし東京で行われるというそのイベントに僕は参加できる状況になく、遠い地から成功を祈るのみ。


催しを終えた彼女のイベントレポートを読んでいると、参加できなかった僕にも充実感が伝わってきた。
一生懸命準備して臨んだイベントが成功した時の感情がどういったものかは想像に難くない。
別に彼女は読者を泣かせようとしてレポートを書いてはいないのだろうが、僕を含む一部のオッサンは意図しない所で勝手に涙ぐむ習性があるので困ったものだ。
無断で自分の体験と重ね合わせるのだから目も当てられない。

読み進めたレポート記事の終盤、「通販で購入できる」という案内が目に入る。
それならばと、その本を一冊カートに入れる。
もちろん勝手に目を潤ませながら。
気持ち悪い事この上なし。

正直なところ、購入の動機に「まぁ付き合いで」「少しでも足しになれば」が無かったと言えば嘘になる。
これは普段書店で小説を買う際には発生しない感情なので、きっと作品に対する対価というよりも、いちファンとしての行動のような気もする。

…という自分自身の行動に対する考察内容を、実際に作品を手に取った僕は恥じることとなった。
いや、動機自体に嘘は無いのだが、心血を注いだ創作自体に対して、あまりにも失礼な話だろう。

要するに、そんな僕の感情の変化などどうでも良くなるくらいに、素晴らしい本だったということだ。

先に述べた「まぁ付き合いで」「少しでも足しになれば」という愚かな上から目線のような言葉を引用し訂正するならば、「付き合いが無くとも」「たとえ(彼女が制作に要したコストに対し)足しにならないとしても」、【買って損のない一冊】
むしろ読後の満足感で心が豊かになるという意味では【買って得になる一冊】と言い換えた方が良い。
人様の作品を損得で語るのも下品だが、許して欲しい。


彼女が放つ物語たちは実に多彩だ。
14篇のショートストーリーが並べられたその本には、数多くの一人称、人物像が登場する。

 僕、私、俺。

 老、若、男、女。

 学生、ストリートミュージシャン、
 酔っ払い、会社員、バーのマスター

 親、子。

 既婚、独身。

ここでハッキリとした数字には言及しないが、作者はいわゆる“若い世代”だ。
若い、若くないというのは非常に主観的で危険な尺度だが、例えば一回り以上離れた僕と比較しても決して長い人生経験ではない。
しかしそれに反して、各話に登場する人物たちは精巧に描かれている。
あたかも「彼ら」の人生を体験してきたかのように。

作者よ。

本当にその年齢なのか。
本当にその性別なのか。
本当は僕と同じくらいのオッサンではないのか。

そんな疑いを持ってしまう程、彼女の想像力は豊かだ。
結局のところ生きてきた年数など問題ではなく、作者がどれだけ文学に対して真摯に向き合ってきたかということの方が重要なのだろう。
これまで数多の作品と対峙し、自身の血肉として取り込んできたことは容易に想像がつく。

まず1話目は…と続けたいところだが、当然ながらネタバレは良くない。
noteに公開されている内容が多数を占めるためネタバレも何もないのだが、おそらく物語の順番さえも、熟慮を重ねてのものだろう。

なので、僕がとりわけ好きな話ひとつについて少しだけ。

「はじめまして、マスター。」という話がある。
他の作品群とは違い、主人公が敬体で語る。
小気味いいテンポで進んでいくバーでのやり取りが心地よい。
メタフィクションの要素も手伝って、読後には「1杯飲むか」という気持ちになるのが不思議だ。
登場人物の関係性や、語られぬ秘密がたまらなく好き。


ずいぶんと長く書いてしまったが、一応僕の言いたいことをまとめるならば…

・noteの横書きデジタルデータも良いが、たまには紙に印刷された縦書きも良いぞ。指先で文字に触れろ。

・牛丼一杯と煙草一箱を我慢したら、素敵な本が一冊買えてお釣りで缶コーヒーが買えるぞ。迷っているなら買え。

・身バレが気になるなら匿名配送も出来るぞ。恐れるな。

・作品として素晴らしい。断言する。

失敬、つい鼻息が荒くなってしまった。

(そもそもそんな可能性はとても低いが)届いた本が微妙だった場合「凄く良かった」という白々しい嘘をつけないの性質タチなので、コメント欄やSNS等で事前に購入の意思表示はしなかった。
また、僕は居住地を明かしているため作者に変な緊張感を与えないよう匿名配送を利用したが、実際に手に取ってみたら記事を書かずにはいられなかった。

本当は1日1~2話程度、ゆっくり読んで感想を書こうと思ったのだが、届いたその日のうちに読み切ってしまった。

皆さんもぜひ手に取って、読んでみて欲しい。
素敵なしおりも付いてくる。


というわけで枝折さん、送り状No.下4桁2050は僕宛てでした。
丁寧な梱包で破損もなく、無事到着したことを報告しておきます。



以上、親愛なる作家さんの「そっと感想を伝えてやって下さい」とのリクエストにお応えして。

証拠写真。



餅は餅屋・書評はライターと太古の昔から相場が決まっている。
僕が敬愛するnoter、夏木凛さんが既に素晴らしい書評を投稿しているので、こちらのリンク先も読んで欲しい。
忖度なく綴られた書評には、作品と作者に対する惜しみない愛情が盛り込まれている。


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