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葛藤は疲れるんです

 霊界というものが存在し、亡くなった人がそこから地上を見ることができたとしたら、ジャニー喜多川さんは何を思っているのかな。わからないけれど「お騒がせしてすみません」と思っていても「悪かった」とは思っていないんじゃないか。

 性犯罪の加害者って、ほとんどが罪悪感を持てない。……というか、罪悪感が持てないから犯罪に発展してしまうんだと思う。どうして?と聞かれても、なぜなのかは専門家でもはっきりしないようだ。

 性犯罪に関する事例を調べると、おしなべて「加害者の罪悪感の希薄さ」に行き着くんだけど、そもそも罪悪感って何なのかな?って思う。

 他者に対する共感力と言う人もいる。相手が自分と同じ人間だと思えれば「心底、申し訳なかった。辛い思いをさせた」という気持ちがわいてくるだろう、って。

 かもしれないけど、そんなにいろんな人の立場に立ってたら生きていらんねーや、って私はどこかで思っている。基本的な社会倫理にある程度沿って、自分の利害のために社会規範を守っている……くらいで私は生きているんじゃないかな。
 これ、やっちゃったら後々ヤバいから、やんないよ、みたいな。
 でもって、誰かが私に「いやいや、これはあなたがそうすることによって救われる人がいるから、やっちゃっていいんですよ。むしろやるべきなんだ!」って説得してきたら、案外「そうですか?そうかもしれない」って思ってしまうくらいのゆるさで自分を律している感じなんだなあ。……あくまで私の場合ですが。

「性犯罪者が反省しないってことはないんじゃないの? やはり更生の余地はあるんじゃないか?」
 って、友人は言う。彼は男性である。
「……と、私も思っていたんだけど、そうでもないんだよ。性犯罪者の更生ってすんごく難しいわけ。理由はわからなけど、とにかく、めちゃくちゃ再犯率が高いのよ」
「性的欲望は制御しがたいということかな?」
「うーん。それもあるかもしれない。でも、それだけじゃないと思うんだよな。犯罪ってさ、それが【悪いことだ】って社会全体が認めて、そういうことやっちゃいかん、っていう公共倫理みたいなのががっつりあると、抑制しやすくなると思うのね」
「あー、つまり社会のムードみたいなのがその行為に否定的になるってことだね?」
「そうそう。犯罪者……というか、人間っていうのは集団のムードに対してすごく敏感なセンサーを持っている。だからその集団のルールには従うわけだよ。でも、もしその集団が、かわいい子がいたらついふらふらっと犯したくなっちゃうよね、みたいなムードを暗黙でかもしだしていたら、それを感じ取ると思うの」
「……ってえと、つまり、この社会が性犯罪に対してゆるいから、性犯罪加害者は罪悪感を持ちづらい、と、君はそう考えるわけ?」
「間違っているかな?」
「うーん。だけどそれって……加害者を擁護していないか?」
「えっ?そうかな?」
「加害者が悪いんじゃなくて、社会が悪いみたいな言い分だろ?」
「そういうつもりはないんだけど、そう聞こえる?」
「聞こえる」
「そっか〜。罪悪感っていうのはその社会の倫理観によって変わるものだと思っているわけ。絶対的な悪とか、絶対的な罪とかないからね。社会が「人を殺してはダメ、でも戦争で殺すのはしょうがない」ってどこかで思っているから、ロシアはがんがん攻めてるわけでしょ。自国の正義のために他国を攻撃してよし! で、それをずっと見てきているじゃない? あれ見ているのに「人殺しはダメだよ」って言われても、理屈はわかるけど矛盾って起きるよね」
「起きるかな?」
「起きてるよ。感じてないとしたら、それは無意識下に抑圧しちゃっているんだよ。人間はね、矛盾が起きて葛藤が生じると、自我を守るために都合の悪い感情を無意識下に抑圧しちゃうんだ。河合隼雄先生の本に書いてあったよ」
「なるほど……。そういうところはあるかもしれない」
「戦争だからって人を殺しちゃダメだ、人殺しは悪い!って思っていても、世界は戦争しているし、日本は武器を造っているし、防衛費は増えてるし、なにより日々、テレビで戦争のニュースが流れて人が死んでいるのを観ている。でも、それに対して何もできないっていうかさ……。これじゃいかんって葛藤があっても、人殺しは絶対に反対だー!って言えないし行動も取れない。そんなことしたら周りから、どーしちゃったの?って驚かれちゃう。だから、抑圧しちゃう。ずっと葛藤していたら疲れてへとへとになっちゃうもん」
「葛藤しているかなあ? 自覚ないけど」
「していると思うよ。……私も自覚ないけど、戦争のニュースはすごく疲れるもん」
「確かに、疲れる……」
「ジャニー喜多川さんが、事務所の少年に性的暴行を加えていた。ジャニーさんはそれが許されるからやっていた。みんなが黙認した。だから悪いと思わずに何十年も続けた。ジャニーさんの性暴力を知っていたマスコミも沈黙した。記者にだって葛藤はあったはずだよ。あんなことやっちゃいけないよなって思っている。だけど、それを言うと自分が干されそうだと思う。葛藤が生じる。悪いと思っていることを表明できない自分って、自分としてダメダメだから、それは抑圧して見ないことにする。そうやって、みんな「葛藤」するのがしんどいから、抑圧して見ないことにしてきた」
「それを忖度って言うんだ」
「うーん。ちょっと違うと思う。忖度っていうのは利害関係だけを重視した言いかたで、今、起きているいろんなことは。利害だけの問題じゃない気がするんだ」
「社会のムードってことか?」
「そう。つまりさ、葛藤してるのってエネルギー使ってしんどいわけだよ。だからそこから逃げたいわけ。でも、もし社会に、青少年への性犯罪は絶対に悪い。それだけはやっちゃいけないことだ!っていうものすごく強い公共倫理がどーんとあったら、悪を告発する方にエネルギーは動くと思うの。でも、そうでなかったら?」
「スルーする方にエネルギーが動くってこと? それはおかしいんじゃないか、やっぱ、青少年に対する性犯罪は絶対ダメだっていう倫理観は日本にあるだろう?」
「あるかな〜?」
「あるさ」
「私にはそうは思えない。一昔前まで、子どもに対する性犯罪を【いたずら】って表現していた国だよ。私が中学生の頃まで、あの子、いたずらされたんだって、って大人は言っていたよ」
「さすがに今はそういう言いかたはしないだろ」
「かもしれないけど、文化的にはそんなに変わっていないんじゃないかな。女性への痴漢行為だって、露出した服を着ているからだって平然と正当化できるのは、社会のムードがまだその段階だからだと思う」
「うーん」
「私ね、いろんな事件を取材して思ったの。犯罪者の言い分は、社会の言い分とかなりイコールなんだな、って。だから、犯罪者の言い分をよく分析しなきゃって。犯罪者の言い訳は、同時代に生きている人、私も含めて、心の隠された部分の代弁なんだよな、って。だから、ジャニー喜多川さんが生きているうちに、自分の行動をどう弁明するか聞いてみたかったなって思った。それは、ある意味この時代に生きている人たちの、もやっとした、言い分かもしれないから」
「君の言っていることは、とっても理解できる。理解できるが、ちょっと飛躍し過ぎじゃないかな。犯罪者っていうのは、特に性的な犯罪者はやはり精神的な問題を抱えていると思う」
「だったら、ジャニーさんの精神的な問題は全く誰にも気づかれずに、治療も受けられずにきたのか? そういうことなのか? なんかしっくりこない。ちなみに、ジャニーさんの年代で戦争に行った人たちは、上官とかからかなり性的な虐待を受けたらしいよ。でも、そういう事実を戦争から戻って来た人たちは語らずに抑圧したよね。社会全体でなかったことにしながら、そういう行為があることを認めていた。私、いろんな意味で、性的犯罪の背後には、戦争の影響があるように感じている。あの時代、戦地という極限の場所で、男は命からがらで死の恐怖から女性を犯したし、女性も犯され続けた。それが、終戦と同時に全部、何もなかったことみたいになって、高度成長に突入しちゃった。性犯罪の記憶は……膨大な民族の記憶は、抑圧された。ジャニーさんもそういう時代の人だ。私は戦後生まれで、父や母は戦中派で、戦争なんか知らないから関係ないと思っていた。だけど、ある時、父が18歳で戦争に行って性的被害を受けていたことを知る。そういうことは当たり前に起きていたって知る。そういう親に育てられている自分もまた、なにかの抑圧を受けていたことに気づいたのは、ずいぶん後だ。私はセクハラの話題が苦手。なんかこう、考えるのがしんどいんだ」
「しんどいってどういう風に?」

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