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得意じゃないから面白い

今日も朝から暗記だ。
専門学校の勉強はそんなもんだ、と友人が言っていた。専門職になるわけだからね、専門用語を暗記して技術を身に付けるための場所で、キツイのは当然だよ、と。
そもそも、なんで学校なんか行く気になったの?そんなことしなくたって、田口さんはもうさまざまな分野でプロで、自分の知識と技術で十分に社会貢献して食べていけるでしょう?

それはそうなのだ。そもそも作家って、そんなに多くない職業だし、書くだけじゃなくて教えるのだって相当に得意だ。文章を書くのは息をするように簡単で苦労がない。
「……でも、そこが問題だったんじゃないか?」
と、思った。
「だってね、だんだん自分の得意分野のことしかしなくてよくなるわけよ。その道のプロになれば得意なことだけやっていてもなんとかなるけど……、それじゃあ可能性がなくなるっていうか……。そんな気がしたのね。職業的可能性じゃなくて、どういうのかな。魂の可能性みたいなことかな……」
「その道を極めればいいじゃないの」
「そうなんだけど……作家が極める道って何だろうか? 文章だけ書き続けていればいいってもんじゃないと思うんだよね。うまく言えないけど……」
「まあ、それは個々の価値観の問題だろうね」

得意な事だけをやっていれば、ラクだ。それに食える。さらに偉そうにしていられる。だって得意だから。
……でも、それじゃ、不得意なことはずーっと不得意なままだ。

「昔は、得意なことを磨くために不得意なこともしなければならなかった。特に組織にいる時はね。あと、作家として仕事をするために他の雑事もいっぱいしなくちゃならなくて大変だった。だけど、どんどん年をとってくるとあまりいろんなことをしなくて良くなってきたんだなあ。ようするに必要な事とそうでない事を分けて、合理化する方法を学んだってことかな……。あと、そこそこなんでもうまくやれるように訓練された……というか……」
「案外、なんでもできるもんね。ITも得意だし」
「業界的なことはね。だけど、それ以外のことをしなくなっちゃった。必要がないからだと思う」

「じゃ、なにかい? 不得意な事をするためにわざわざお金を払って専門学校に入って、人体のしくみを暗記するのに四苦八苦しているってわけ?」
「それだけじゃないよ、自分の孫みたいな子たちとコミュニケーションしたり、年下の先生達から勉強を教わったり、宿題を出されたり、テストを受けて評価されたり……。とにかくすべて私にとって必要ないことだったし、不得意なことばかりだ。で、気づいたんだ。そうだ、不得意なことをやるためにここにいるんだ、って。そうとしか思えない」
「それをやって何かいいことあるの?」
「どうかなあ。わからないけど、不得意なことを克服するために頭を使うよね。これまで使っていなかった脳のいろんな部分を使っていると思う。それによって固定化されたシナプスの回路は広がって、少なくとも思考回路は以前よりも増えたと思うんだ」
「前向きな考え方だ!」
「でもほんと、頭がすっきりしてきたんだよ。使っていない部分を動かすと、なんか気分が高揚する感じなんだ。だって、こんなこと一人じゃ絶対にやらないもん。強制的にやらされているから、やっているんだよ。自由業を30年もやっていると、やりたくないことはかなり避けられるんだ。そのせいで頭が錆びついてきていた気がする。あのままだったら、もう隠居しちゃってたかも……」

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