東京グランドキャバレー物語★9 昔の恋の話
「実はさ昔、あの娘にね、惚れられちゃって」
鈴木と言うお客さんが、話しだした。
「ほら、あそこを歩いてる弓香。あの子、凄く情熱的でイヤ~参った、参った」
「はぁ」
「彼女も昔は、可愛かったんだよ。今は、もうなんだけどね。あの時代は良かったよ」
「はぁ」
「ほら、あそこの今、踊ってる子、澄江だったかな。あの子もね、俺の事を好きだとか言っちゃって、イヤ~困った、困った」
「はぁ。ずいぶんモテモテだったんですね」
「そうなんだよ。天国だったなぁ。ここの女の子と何人ぐらいとイイ関係なったと思う?もう、忙しくて大変だったよ」
薄くなった頭を撫でながら、鈴木さんはイヤ~参った、参ったを繰り返した。
お酒を飲むと、大きく自分を語り始める男性がいる。
それも妄想話も多々ある。夢物語なのだ。疑っているなどの表情を見せず、ホステスは、いかにも真実として聞く姿勢が大切だ。
「今でも鈴木さんって、男の魅力が溢れていますもの。昔から女性がほっておかなかったって、わかりますよ」
こんなセリフがスラスラ出て来るとは、男性客の心をくすぐるコツを覚え始めた福だ。
「福ちゃん、あんた男を見る目があるねぇ~。嬉しいねぇ」
鈴木さんは、お酒の飲むペースに拍車がかかり、ご機嫌だったのだが、しばらくすると、
「それでね、晴子って娘がいたのね、この子がもう、又、可愛くて色っぽくてさぁ。どうしているかな~」
突然、遠い昔の残像が脳裏にフラッシュバックしたのか、鈴木さんは宙を見始めた。思い出話しの雲行きが怪しくなる。
「だけど、悪い事しちゃったんだよ。悲しませちゃったんだよね」
手にしていた焼酎を口に入れず、テーブルに戻す。
淋し気な鈴木さんの言葉に、身を乗り出し私は、傾聴体制に入る。
「俺も若かったから他にも彼女が三人ぐらいいてね。泣かせちゃったんだよね。晴子‥のこと」
鈴木さんの懺悔が始まった。
「まぁ!それは、好きな人にそんな事をされたら悲しい。酷いわ、鈴木さんったら」
酷いわ、の部分を強めに言い、晴子に代わって責める。
過去に戻り、自分の非礼を詫びたかった鈴木さんは、頭を垂れた。
「いや、本当に申し訳なかった。俺が悪かった。でも、晴子が一番だったんだよね。わかってくれるだろう?」
「わかっていましたとも!鈴木さんのお気持ち」
私は、当時の晴子に取り憑かれた様に、真剣に鈴木さんの目を見て答えた。
この席だけが、周りにいるどの席よりも暗くどんよりとした空気が重い。懺悔の時間は終わらせて、早く明るい席に戻さなくては。
私は何事も無かったかのように、わざと高い声を出しこう言った。
「鈴木さん、恋多き人は人生に深みが出るって言いますよ。鈴木さんは、モテモテだったんですから、晴子さんにとっても良い思い出ですよ」
「そうだよね?福ちゃん、これで良かったんだよね?その頃は若かったからね」
「そうですよ!鈴木さん。今でも十分若いですよ!鈴木さんの恋に乾杯しなくちゃ」
三十年か四十年前の昔の恋も、ちょっとした誰かの一言で彼自身がどうにでも最終章を飾れる主人公になれるのだ。
「鈴木さんの恋の物語が熱すぎて喉が渇いちゃったな~」
「好きなものを頼みなさいよ。今日はさ、気分良いから、ご馳走しちゃうよ」
「うあ~、嬉しい。優しい鈴木さん、だから今も昔もモテモテなんですね。ビール頂きます!」
待ってました!とばかりに、すぐにボーイに合図を出した。
若かったあの頃の恋の話しは、どの人にとっても甘く切ないノスタルジーだ。時には、レトロの空間で戻れない過去に浸ってお酒を飲むのも、乙なもんじゃございませんか!
乾杯!!
つづく