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東京グランドキャバレー物語★3 ここは、天下の大人の社交場

 昨日の面接で私の源氏名が決まった。
源氏名とは、ホステスがお店で名乗る芸名みたいなものである。

「最近、店の売り上げも減っちゃって、景気が良くなる名前が良いんだよ。
だから、君の源氏名は、そうだ!福にしよう!福を呼び込む福ちゃんだ!」
 棚の上のホコリだらけの招き猫を見ながら、思いついた様に社長が言った。
「福…福ちゃん…?」
 少し昭和感が漂っているが、名付け親が社長なら文句も言えない。

 夕方になり、いつもより念入りに鏡の前で化粧をしながら、「この店は、グランドキャバレーと言ってね、大人の社交場なんだよ」と、社長の話しを思い出した。

 グランドキャバレーの歴史は古く、昭和二十年代頃から日本の経済の発展と共に、三十年、四十年頃にブームになっていった。
全盛期は、全国各地に展開され、生バンドが入り、ダンスが出来る広いフロアーがあり、それがグランドキャバレーだった。
 主要な駅近には、必ずグランドキャバレーがあり、数えきれないホステスが働いていた。社用族の憩いの場であり、接待の場であり、非日常を醸し出すこの空間は、独特な大人の社交場と言う言葉がピッタリと当てはまっていたのだ。
 白いばら、月世界、ハリウッド、ミカドなどなど。特に団塊世代には、頭のどこかに甘くほろ苦い青春の一ページとして浮かんで来ないだろうか?
数こそ減ったが、昭和の初めから継続している創立ウン十年以上と言う老舗店も全国に幾つか生き残っているのだった。

 今日から私は、夜の蝶になります!
どんな世界が待っているのだろう?

 あと数時間もしたら出番である。私は、塗り慣れない口紅に緊張のあまり手元が狂い、はみ出してしまった。先が思いやられる。

 出勤初日、6時前にお店に着いた私は、さっそく一人で見学する事に。このビルは、まるで迷路のようである。1階2階は、どこかの会社が入っており、3、4階5階そして、屋上までをこの店が陣取っていた。

 メインホールの3階には、見たこともない大きなシャンデリアが天井からぶら下がっていた。ホールの奥には少し高くなったステージがあり、その前はダンスが出来るフロアーになっている。それを囲む様に幾つもの席が広がっていた。壁全体にワインカラーの幕が引かれ、それぞれの椅子はビロードの素材に白いカバーが掛けられ、ガラスの灰皿と、コードで繋がれたライトにはテーブル番号が手書きで書かれていた。 
 もうここは、昭和初期のレトロな空間、こんな場所がまだ、東京にもあったのか。初めてみる大人の社交場に、今更ながらゴクリと生唾を飲み込んだ福であった。

つづく