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1.「右手に歓迎」1,5.「雨音に氷嚢」【連続小説】左手に祝福 

高等専門学校とは
 実践的・創造的技術者を養成することを目的とした高等教育機関の称。


 コンピュータが多くの普遍的作業を担い、より専門的な技術、知識が求められるようになった新時代。
 かつて高等学校の中心であった普通科類は衰退の一途を辿り、より深い学びを求めた結果、日本における義務教育終了後の進路は高等専門学校・高専が主流へと移行する。
 コンピュータでは代理のきかない芸術・娯楽文化を専門として扱う高専は、入試の熾烈化に伴いその数を増やし続け、数十年前は全国で総数が60校を越えなかった高専も、その規模は50倍に膨れ上がる。

 物語の舞台は【私立猩々高等専門学校】。学部は被服・漫画・小説・楽曲。二年進級時、学科を選択、場合によっては転部、転校をする。
 偏差値50そこそこ。近辺は畑と森に囲まれた農村地域。駅などのアクセスも悪く、唯一の売りは新築で安い学生寮の、生徒数共に実績も普遍的な学校だった。


1.「右手に歓迎」


 6月某日

「はい、じゃあ出席とりますよー」
 オーバーサイズなアジサイ色のジャケットを着た金髪の教師が出席簿を片手に教室に入ってくる。
 教卓についた彼は名前を淡々と呼んでいき、その度に単調な返事が返る。
「いわ……」
 そこで教師が言い淀む。
「祝は…今日も休みですね……」
「はい」
 右耳の後ろで髪を一部三つ編みにした少女が答えた。
「えーとぉ、おが」
「先生先生!」
「岸ちゃんストップ!」
 教師もと言い岸辺が、次の生徒を呼ぼうとしたところを、数名の生徒が遮って止めた。
「どうしましたか皆さん。そんなに慌てて」
 中には思わず腕を岸辺に向けて伸ばしている生徒も、腰を浮かしている生徒もいる。
 岸辺は「とりあえず落ち着きましょうか」と声をかけながら生徒を見渡す。  
 そして、大層不思議そうな顔をした岸辺に、再び数名の生徒がツッコんだ。
「いやいや、わかんないのかよ」
「それでも教師か~」
「ん~。残念ながら資格をしっかり取った教師です」
「じゃあ気付けよ」
「いや、だから皆さんいったいぜんたいなんの事を」
「先生!」
 数名の生徒と岸辺が言い合いをしているなか、耐えきれなくなった生徒が一人、声を張り上げた。岸辺が彼を見る。
「どうしましたか?」
「どうしたもなにも!」
 もどかしそうな表情をした生徒が岸辺を手招きする。
 顔を近付けた岸辺に彼が耳打ちした。
「来てるんです!」
「ん?何がです?」
「だーかーらっー」
 とうとう我慢しきれなくなった彼は窓際を指差した。正確には、窓際後方の席で雨を眺める生徒を。
 岸辺の目線が指差された方向へ向くのと同時に、生徒が叫ぶ。
「祝さんが!登校してます!」
 名前を呼ばれ、今まで他人事のように窓の外を眺めていた彼女が岸辺の方を向く。右耳後ろの三つ編みを触りながら。
 表情を失った岸辺と目が合うや否や、彼女は真顔で言った。
「どうも。祝 雅《いわい みや》です」
「……」
 瞬間血の気の引いた岸辺の顔が歪んでいく。
「ほらー。岸ちゃんしっかりしなよー」
「教員免許持ってんでしょー」
 生徒にそう言われる岸辺は動けずにいた。
 祝は、なおも無表情のまま続ける。
「ご迷惑お掛けしました。今日から登校しようと思いまして」
「……」
「今朝は休みの連絡をしたつもりは無かったのですが……」
「……」
「岸辺せんせ?」
 動かなかった岸辺が名前を呼ばれたことで震えだした。
 真っ青だった顔には生気が戻り、目に涙がたまる。
「い、祝が…き、教室に……?」
 そう呟くとしゃがみこんだ。祝が教室に居ることを伝えた生徒は、目の前で小さく震える岸辺の肩をポンと叩く。
 途端、口元を手で覆っていた岸辺は立ち上がり、やがて顔を振る。
 祝を一瞥すると。
 バンッ
 岸辺は自身の左頬を思いきり平手打ちをした。
「ちょっ!岸ちゃん!?」
「なんで!?」
 回りの生徒は、岸辺の突然の自虐行為に驚愕している。
 しかし、岸辺が顔を上げると、だんだんと生徒の声は薄れていく。やや引き気味と心配の色を浮かべた生徒の瞳に写ったのは、教師の姿だった。
 伸びた背筋、軽い足取り、見据えた瞳、微かに弧を描いた口元は、先刻の岸辺とはまるで別人だ。
 岸辺はそのまま、無表情で自分を見つめる祝のもとへ向かう。生徒が静まり返った教室に降り落ちるのは、雨音と足音。
 彼女の前に立ち、右手を差し出す。
 雨が強くなる。

「ようこそ小説部へ。祝雅」

 腹からでた岸辺の声。
 表情を変えることの無い祝。
 強くなった雨音に押され、その手を取る。


 この日、交わされた握手はきっと、
 一文字目の空白。


1,5.「雨音に氷嚢」

 握手をした祝は、手を離せずにいる。
 しかし、それよりも彼女は気になる事があった。
「岸辺せんせ。頬痛くありません?」
 彼女がそう訊ねたことを皮切りに、二人はやっと手を離した。
「ああ。大丈夫です」
 左手でグッドサインを掲げそう答えるが、岸辺の左頬は赤く腫れ始めている。その様子を見ていた他の生徒は、声が出なかったはものの、心の中でツッコミを入れた。
「出席確認の続き。しなくていいんですか?」
 祝に言われ、ハッと気付いた岸辺は慌てて教卓に戻る。その姿を見て、落ち着き払っていた生徒もやがて、もとに戻っていった。
「失礼しました。続けますよー」「えー、緒方」
「はい」
「木戸」
「はーい」
「くめ……」
「……」
 目を閉じて、弱まっていく雨音に耳を澄ませると、教室内の音が遠ざかっていく。やがて、雨音に包まれる。
『バンッ』
 突然、岸辺が自身の頬を叩いた瞬間がフラッシュバックした。
 表情こそ変わらなかったものの、祝は内心ひどく驚いていた。痛々しく腫れた頬が思い浮かぶ。
 (後で氷のうでも借りてこよう)
 祝はそう思い、視線を窓の外に向けた。


あとがき


 読んでいただき、ありがとうございます。

 この2000文字からなるものは、これから描こうと思っている、主人公『祝 雅』の物語のプロローグにあたります。主要キャラは今後増やしていき、祝、岸辺を含めて5人程に出来たらと考えています。

 1.「右手に歓迎」では主人公である祝を差し置いて、岸辺の印象が強かったでしょう。
 学校で始めと終わりを仕切るのは教師ですから。栄えある第一話の主役は彼に任せることにしました。

 興味を引く物語を書くのはとてつもなく難しい事だと、しみじみと感じます。
 満足していただけなかったでしょう。
 悔しい事に、これが、拙い文章と乏しい創造力と溢れる創作意欲を抱えた、今の私に出せる最大限です。
 とある尊敬する作家に触発された私は、時間がかかっても、書き続けてみることにしました。
 いつか、あなたに感動を贈るまで。
 今後ともよろしくお願いします。


学校名はポインセチアから取りました

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