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蛇口

自分が信じることをして、時に大切な人を傷つけてしまう。強要をしたら傲慢だけれど。自分の信じるものも大切だったり。
身の回りにありふれた水道水とその蛇口。対価としてではあるものの、自由自在に捻れば好きな時に飲むことができる。傷口を洗い流し、火傷を水で冷やしたりも。
同じ液体でも人の涙はそうはいきません。涙にも色々な種類があり、悲しいものであれば止めてあげたいし、時さえ戻せたらなんて。けれど、そんなこと自由にできるはずもなく。
大切な人の涙、自分自身の涙には深い深い感情が込められています。人が涙を流す時、大切な人や自分自身に今まで以上に寄り添えたら、いい流れに乗れるかもしれませんね。導くことも。

まえがき


蛇口


あなたは泣いていた

後ろを振り返らなくても
傷だらけの背中が灰になっているのがわかる
その分だけ傷つけ焼払ってきた

水に流すなんてそんな都合いいことは有り得ない
だから蛇口を幾らひねっても見苦しいだけ
泣きながら水を口に注いで懺悔をしても
失った時を汲み直すことは叶わない

ポトンポトンと環(わ)の音(ね)が聞こえる
あなたの雫が溜まった底に
肘まで沈めても手応えはないのに
ひんやりと芯まで冷やされる
お願いだ
あなたの指先を掻き回すように探す

ふわふわとか、ぼやぼやとか、擬声語(オノマトペ)すら知らん顔
握力限界を超えてもつかむ事ができず
一人では存在意義さえ疑わしい

自らで選択してきたはずなのに
甘酸っぱさは幼さと共に押し入れにしまわれ
涙は砂漠へと枯れる

痛みは心の核に響き
短調だけが共振し
意志は削られていく
あなたの心もそんな揺らめきを罅(ひび)に変えていた

二酸化炭素で充満した熱さで加工されていくけれど
雲っていくばかりで脆く
呼吸は浅くなる

目的地を見失って
遠回りばかりで体力はじり貧

後悔の言葉を抹殺したいくらい
あなたの望みをスクいたい
願えば、呼吸は整い
ふらつく意識を呼び戻す

正義なんてどこにもなかった
創り上げられたそれを取り壊して
あなたを優しく包みこむ鱗粉へと変える

欠片をかき集める
見苦しいくらいどん底を這いつくばっても

継ぎ接ぎなんてない彫刻を刻み
取り返しのつかないなんて言葉を記憶から消して
呪われの身を零(れい)地点から生まれ変わってでも

朽ち果てそうな飢餓に襲われても
欲望は振り払われる
あなただけでいいのだから

訳なんてない
言葉では収まらない

遥か彼方でいい
溢れた清流に浮いた花弁のように二人のせて
刻んだ方舟に揺られ流れていけるよう
先導させて

身体を蝕むようにあなたに食い尽くされたら
またわがままが暴走するから
あなたの火傷は僕の皮膚で覆う

ぎゅっと回して時まで戻させてとは言わない
蛇口からの雫をスクわせて、僕に呑ませて


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