高等学校国語科用『国語総合-現代文編‐』を今の私が読むと②
実家で高校時代に使っていた国語の教科書を発見した。
サラッと読んだ感想をサラッと残そう。
授業で精読した題材はそれなりに覚えているもので、懐かしかった。
★の単語は”語彙を広げる上で注目すべき語句や慣用句”として挙げられていたもの。
〇【評論】ネットが崩す公私の境ー黒崎政男
1999年、日本のインターネット普及率は13%程度だそう。そんな時代に書かれたこの経論。誰もが書いて発信できる時代となり、著者と読者の変容が論じられているように読み取れた。
そんな時代から時は進み、今の日本のインターネット普及率は84.9%。個人が発信できるプラットホームも増加し、どんどん発信が手軽になっていると感じる。
論じられていることは、現在であれば常識、または考慮にいれてインターネットを利用すべきことだなという印象だった。
また、この評論ではニーチェの”読書する暇つぶしが、著者が書くことばかりか、考えることまで腐敗させる(要約)”という言葉を対称とし、”誰もが公表できるという事態は、いったい今度は何を腐敗させてしまうことになるだろうか。”と問うている。
読者でもあり、発信者でもある私はこの問いに少しムッとした。
確かに、情報の取捨選択をしていかなければいけない面は増えただろう。だけど、取捨選択が必要な世界で生きている私にとってそれはあたりまえのことだ。
腐敗した世界でも生き延びられるように進化したので、安心してほしいと私は主張したい。
〇【評論】ものとことばー鈴木孝夫
一番初めに呼んだ田中真知さんが書いた『ありのままの世界は見えない』と同じようなことが書かれているのか?と感じた。
あちらは、教育や関心により見えるものが異なっていると論じられていた。対してこちらは、ことばとで見える世界を同一化しようとしていると論じているように感じた。
この評論は”机”を例にだし、”床”や”棚”との違いを説明している。そして、それらを猿や犬目線で見ると区別がつかないだろうと論じている。
たしかにその通りだと私は思った。
しかし、逆に「あの棚を机代わりして下さい。」と言われれば、棚は机にもなったりするのだとも思った。
言葉の強さを改めて認識させる評論であると思う。
〇【評論】クマの棲める森ー鷲谷いづみ
こちらも先程読んだ川上弘美さんの『神様』を読んだばかりだったので、
「クマ好きだな!」が第一印象です。
しかしながら、こちらのクマは現実で共生に苦労する”人間”と”クマ”が書かれていました。生きるために餌を求めて里山に降りてくるクマの事情も分かるし、殺されないようにであったり、生きるための作物を荒らすクマに降りてきてほしくない人間側の事情も分かる。羅生門のような”しかたなさ”も感じました。
現代でも、クマが民家の近くまで降りてきたというニュースを耳にします(評論は2006年に書かれたもの)。様々な専門家の方々が手を考えて下さっている中で解決にいたらない共生は難しいものだと実感します。
クマを許せば人間が困る、人間を許せばクマが困る。生物多様性や地球温暖化が叫ばれている世の中で、一人の人間として何が正解なんだろうと考えました。
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