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行ったことあるコンビニの走馬灯

 現代川柳と400字雑文 その95

 石井さんはある時期、家の近くのコンビニに毎日通っていた。家から近いという理由のみで通っており、とくに愛着はなかったが、やがて店員に顔を覚えられ、石井さんがレジに行くと「こちらでいいですかね?」と、いつも買う黄色いパッケージのたばこが出てくるようになり、それがどこか気恥ずかしかったという。ある日、たまたまふだんとはちがう深夜の時間帯にその店を訪れると、いつもと同じ中年男性の店員が働いていた。おそらく店長なのだろう。バイトが足りないのかな、などと考えつつレジに行くと、店員が「こちらでいいですかね?」とふだん石井さんが買うのとまったくちがう青いたばこを出してきた。あれっ、と思った次の瞬間、店にべつの客が入ってきた。客はなぜかうっすら興奮した様子で、通りの向こう側にある中古車販売店を指しながら「あそこ変なやついるよあそこ変なやついるよ」と繰り返している。あそこ変なやついるよあそこ変なやついるよ。店員がちらりとそちらを向いたのにつられて石井さんもそちらを見た。そこではいま目の前でレジ打ちをしている店員によく似た背格好の人物が、なぜか裸で、青い車のボンネットを撫でていた。あそこ変なやついるよあそこ変なやついるよ。それにしても「変」とは裸のことを言っているのか、それともなにかべつのことを言っているのか。石井さんにはよくわからず、けっきょくその日はまちがえて出された青いたばこをそのまま持ち帰ってしまった。家に帰ってからそれを吸うと妙にうまい。それ以来、石井さんはその青いたばこを吸うようになったそうだが、そのことを含めてもどこか気味が悪く、そのコンビニに通うのはやめてしまったという。


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