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飛べだしてから歯ならびが気になって

 現代川柳と400字雑文 その39

 高畑勲の傑作『おもひでぽろぽろ』は、主人公タエ子の「昔はよかった」ならぬ、「昔のわたしはよかった」というやっかいな思い出語りに付き合わされる映画だが、真にやっかいなのはその語り口、つまりエピソードを彩る演出力がすさまじく優れていることだ。もし上司の自慢話がやたらおもしろかったら、というような。あれはたしか高熱と初恋の情緒がないまぜになったシーンだ。「天にものぼる気持ち」という慣用句はよく聞くが、実際(妄想の具現化描写として)、タエ子は天への階段を駆け上がる。いや、そこまでならまだわかる。まあ、そういう描写はあるだろう。しかし、いまなおわたしの心に焼きついているのは、あらかたの妄想を終えたあと、タエ子が自宅の布団の上にふわりと着地するシーンのことだ。あんなに丁寧な、最後の最後まで筋の通った妄想描写はほかで観たことがない。豪華絢爛なイマジネーションではない。考え抜かれた描写だ。あの「ふわり」にはそれがあった。

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