アカデミー賞最有力・映画「ノマドランド」は、人の死生観を新たにする‘浄化作用’のある映画。

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あなたの心の奥底の静かな場所に降りて、人生を感じることができる映画だ。

彼女たちのノマドライフを眺めながら段々と感覚が研ぎ澄まされ、最後には浄化されるような感覚になった。

「ファーゴ」「スリー・ビルボード」のオスカー女優フランシス・マクドーマンドが主演を務め、アメリカ西部の路上に暮らす車上生活者たちの生き様を大自然の映像美に満ちたロードムービーだ。

マクドーマンドが演じる60代女性ファーンは、リーマンショックによる企業倒産の影響で長年住み慣れた家を失う。

キャンピングカーに全てを詰め込んだ彼女は、ノマド(遊牧民)”として季節労働の現場を渡り歩きながら車上生活を送ることになる。

行く先々で出会うノマドたちと心の交流を重ね、誇りを持って自由を生きる彼女の旅は続いていく。

ベネチア国際映画祭で金獅子賞、トロント国際映画祭でも最高賞の観客賞を受賞。ゴールデングローブ賞でも作品賞や監督賞を受賞。第93回アカデミー賞で作品、監督、主演女優など6部門でノミネートされている。

出演者たちは、メインの2人(フランシス・マクドーマンドとデビッド・ストラザーン)以外は“実際のノマド”だからこそ、圧倒的に美しい風景と共に、彼らの言葉ひとつひとつがリアルに心に沁みる。

ジャオ監督は彼らに彼らの感じていることを話してもらい、それが物語と溶け合っていてフィクションとドキュメンタリーの境界が無くなったような感覚に陥る。

役者以上に存在感を発揮する彼ら。特にファーンにノマドライフの生き方を教える末期がんの老女を演じたスワンキーの存在感は素晴らしい。こうした奇跡を実現させたのは、ジャオ監督の手腕だろう。

そしてフランシス・マクドーマンドはまさに圧巻。これでアカデミー3度目の受賞を取りそうだが事実上、現役No.1女優となるだろう。生きる伝説メリル・ストリープとまた違う土臭いリアルな存在は彼女が役者であることさえ忘れ去られる。

本作でも自然の中で生き抜く生々しい演技を生きている。彼女には真実味を感じさせる説得力と、そこはかとなく伝わってくるユーモアが芯から滲む。そんな演技を超えた存在感が彼女の魅力だと思う。

ただこの作品の魅力は、何といっても映像だ。物語への没入感が素晴らしい劇場体感型映画となっている。美しい夕陽が山々の嶺からずっとこちらを照らしてる。荒野の中にトレーラーがところどころに停車され、マクドーマンドがただそこを歩いている。

雄大な自然に包まれた彼女たちの姿を見ていると、こちらも段々と「本当に必要なモノは何だろう」と思えてくる。 

テレンス・マリックの「天国の日々」を彷彿とさせるような空と大地と太陽の息をのむような美しいカットはマジックアワーを選んで、自然光のみで撮影するテレンス・マリック監督とエマニュエル・ルベツキコンビの作品群を彷彿とさせる。

監督はクロエ・ジャオ監督。まもなく開催されるアカデミー賞で中国出身の女性監督のジャオ監督が作品賞・監督賞を取る可能性は高い。マーベルの新作「エターナルズ」の監督するが本当に今後も楽しみな監督だ。

昨年の「パラサイト」でのポン・ジュノ監督に続き、アジア勢の躍進を嬉しく思うものの、だからこそ日本映画の(敢えて言うと)国際競争力の総体的低下を感じてしまう。何かが決定的に足りない。地球規模🌏で普遍的に人に通底する物語の強度のようなもの。

確かにこの映画の108分には派手なアクションやドラマはない。物語の抑揚が少なく、飽きてしまう人もいるかもしれない。

でも、私は普段、映画を観て感じることのない‘静かな感動’に包まれていた。

人は必ず誰もが、生まれて、生きて、死ぬ。

今、せわしなく目の前の日々を生きていると気づかない、人はいつか誰もが一人で死んでいくという絶対的な孤独感。それをふと感じることがある。

仕事を失った時。
経済的困難に陥った時。
愛する人を失った時。
大病で命の有限性を感じた時。
老いをまざまざと感じた時。

誰もが人生で1度や2度経験することのある‘人生の悲劇や悲哀’を経験した人ならば、この物語の彼らの生き方や考え方が他人事ではない普遍的な問いに導かれてることに気づくだろう。

‘生き辛いこの世を生きてゆく力’とは何か、という根源的な問いを静かに語りかけてくる。

そして’本当に自分にとって人生で大切なモノは何か’

この問いを心に備え、人生を丁寧にシンプルに日々を生きていきたいと思う。

いつか誰もが最期を迎えるのだから。
命の時間を慈しんで、今を生きたい。

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世界に愛を届けるシネマエッセイストのクワン Q-Oneです。皆さまにとって、心に火が灯るような、ほっこりするような、ドキドキするような、勇気が出るような、そんな様々な色のシネマエッセイをこれからもお届けします。今年中に出版を目指しています。どうぞ末長くよろしくお願いします✨☺️✨