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芸術に恋愛は必要か?

こんにちは、QoiQoiの大橋悠太です。
今日は僕が役者をする中で、よく言われていた「恋愛」した方がいいよ。と言ったアドバイス(余計なお世話じゃい!)に対する自分なりの答えを言葉にしてみたいと思います。
あまり興味の湧かない話題かもしれませんが、この事を考えたことで自分の作品制作のスタイルに繋がっている所もあるので、もしよければ読んでみてください。
気楽に読んで頂けたら幸いです!

目次
1、事あるごとに言われた言葉
2、とことん考え、空を見つめた1年間
3、自分にとっての定義を見つけた
4、まとめ


1、事あるごとに言われた言葉
「○○くん、もっと恋した方がいいんじゃない?」役者や舞台に立つ方はどこかで言われた事があるのではないでしょうか。役者以外でも、もしかしたら言われた人がいるかもしれません。
そういう時は誰しもが、きっとこう思うと思います「うるせぇ」と。
僕も知り合いの舞台や、つてで読んで頂いた現場で何度か言われたことがあったのですが、イマイチこの言葉にはピンと来ませんでした。
「恋して芝居が良くなる分けねぇだろ」と思っていました。

……今もそう思っています。
この話の中で、僕が恋愛によって何かが良い方向に変わった経験などは一切書くことはないのですが、大学生の頃にこうした言葉について真剣に考えたことがありました。
僕が四半世紀の人生の中で一番強烈に人に恋したのが大学2年生の時でした。
この時の自分を思い返すと本当に【恋の病】と言った様子で、何をするにも「はぁ~」とため息をつき、家に帰るとその子を思って体育座り。バイト先でも不意に涙が出そうになったり、何にもやる気が起きませんでした。
そうなのです。勉強も手につかず、演技どころでもなく、その頃の夢だった「演劇で世界を平和にする」などという大それた目標にも身が入らずに、本当に何もかも手付かずでした。
当時飼っていた猫を抱きしめて、随分となぐさめてもらったのを覚えています。

そんなわけで、僕にとっては恋愛をする・恋をするというのは、間違っても演技がうまくなるためにするものでもなく、ましてや「芸の肥し」だとか言うものには全く思えない代物でした。


2、とことん考え、空を見つめた1年間
ただ、事実かなり重症な恋の病だった僕は、学科の授業も身が入らず毎日大学があった所沢の校舎裏のベンチで空を見つめていました。
その間自分の心の中に渦巻いている、何とも言えないこの気持ちは何だろうとずっと考えていました。
幸いここは大学、近くには図書館、並んでいる過去の偉人たちの言葉たち、僕はとりあえず本を当たってみる事にして、それをきっかけに色々な哲学者の本を読んだりしました。
特に影響を受けたのは内田樹 著「レヴィナスと愛の現象学」という本と、エーリッヒ・フロム 著「愛するということ」と言う本でした。

来る日も来る日も、授業に出ず本を読んでは空を見つめている日々は、なんだか情けない気もして、何してんだろうなと思いつつ、また本を読むという人生の中で最もゆっくりした時間が流れていた時期だったかも知れません。
そんな生活を一年間続けてやっと思い至った答えがありました。


3、自分にとっての定義を見つけた
この二冊の本を読んで思ったのは、「恋」は自分ではどうしようもないもので、「愛」は自分をコントロールする技術だ、というものでした。
「恋」するという自分の感情は、湧き上がることをコントロールは出来ないし、相手の声・目線・顔・言葉・しぐさ・感情それらに対しての欲望で、言ってしまえば物欲みたいに「欲しい」という本能なのかもしれないと思いました。
一方で「愛」というのは、感情ではなく振る舞いであって、その欲望とどう向き合うかを考え続ける行為そのものを指しているものだと、その時定義しました。そして相手が望むこと、その立場や価値観を尊重した上で、どのように自分と相手の関係性を作り上げていくか、という骨の折れる作業なのだと思いました。

結果として、僕の「恋」は失恋になりましたけれども、その一年間で考えたことはその後の僕の生き方や、人間関係に大きく影響を与えました。
誰かを愛するということを考えた結果、周りに生きている他人や、自分の家族や飼っているペットへの接し方、向き合い方、関係の作り方を考え直すことになりました。
前よりも自分という人間を形作っている関係性の多さや、その歪さや脆さと言うものにも敏感になり、もっと人との関わりや今しかできないこと、この瞬間を大切にするということを、考えるようになりました。

いま自分の団体を持ち、社会問題などに関心を持ちながら、アート作品を作っているのも、もしかしたらこうした考えが芽生えたからこそなのかもしれないと思ったりします。


4、まとめ
意外とまじめな話になってしまいましたが、言いたいことは「恋愛した方がいいよ」「芸の肥しだよ」なんて言葉は嘘っぱちもいいところで、そんなもんはただの遊ぶ口実だろ、ということと。
自分の中で一度、当たり前に言われることや通説みたいなものを、自分の考え・価値観で再定義してみると案外全然違った答えや解釈が出て来たり、それによって自分が大切にしたい事や、求めるモノと言うのがはっきりしてきたりするよ、というのを自分の経験から言葉にしてみました。

んなこと言いつつ、僕は未だに恋人の一人もいないので、絶賛募集中であります。最近の好きなタイプは「忙しい人」、僕も何だかんだ忙しく動き回ってしまうので、少ない時間でも予定を合わせるのを楽しめたらいいなと思ったりしています。

以上、noteを使った恋人募集の告知でした!(おいっ)
ではまた。

QoiQoi 大橋悠太


QoiQoiプロフィール
2018年2月9日に大橋悠太と吉次匠生によって結成されたアートユニット。 当初はano(アノ)として活動していたが、2020年10月1日より団体名を改めQoiQoi(コイコイ)として新たな活動を始めている。

また、「想像力を創造する」を信念に演劇、映像、インスタレーションなどさざまな分野を飛び越え作品制作を行う。団体名のQoiQoiもquality of imaginationが由来である。 また、社会問題から個人の体験まで幅広い事象を可視化し、常に観客に「当事者性」を提示する作品作りが特徴である。

このnoteでは作品制作のことを中心に、被災地のことや原発のこと、その他考えたことなど、読んでくれている方へなるべく為になるような記事や僕らをより知っていただける記事を書いていくことを目指しています。
もしも気に入った記事や活動の参考にして頂けたら、スキやQoiQoiをフォローをしてもらえたら嬉しいです。
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サポートして頂いた資金は現地取材や稽古など全て作品作りに使用させていただきます。
今後とも我々QoiQoi(コイコイ)をよろしくお願いいたします。

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