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【最後まで二人で生きたい伯母夫婦】2024/02/04#061

伯母92(春を迎えられないかもと余命宣告を受けている)
伯父94(20年前脳梗塞で左半身付随)

去年の秋、伯父から伯母の余命を聞いてからどうしたらいいかと胸を痛めていた。

伯母夫婦といっても、私の最初の旦那の伯母さん夫婦なので離婚した私は何の繋がりもない他人である。
たった3年余りの結婚生活だったが、
義両親と義父の2人の姉夫婦たちである伯母夫婦と私たちの4世帯が同じ敷地内に住んでいた。
私はこの伯母夫婦のことが大好きだった。
いつも、ニコニコしていて控えめで、周りのことに気がついて、サラッと気が使える優しい二人。
子どもが居なかった二人は、元旦那のことを、我が子のように可愛がっていたから、
嫁の私も、娘のことも孫のように可愛がってくれていました。
その頃から漠然と私は、将来二人の面倒を看る。看たいと思っていました。

私が娘を連れて離婚してからも、娘の成長を喜んでくれて、ことあるごとに気にかけてくれていました。
そして、私が再婚してからも、娘を連れて行った私を
伯母夫婦からすれば、甥っ子の元嫁、他人の私を受け入れてくれたのです。
離婚した私が出入りしていると、元旦那が嫌な思いをすると遠慮していたのですが、
伯父が「自然に任せたらいい。なるようになる。」といって受け入れてくれたのです。
だから離婚してから20年以上ずっと繋がっていたのです。

この年末年始、ヘルパーさんがお休みの時、二人のことが心配という気持ちだけで何ができるかわからないけど行ったんです。
本当なら24時間誰かが見守ってあげないと難しい入院レベルの状況だと思うけど二人は自宅に居ることを望んでいます。

伯母は酸素をしていて息が苦しいなら入院したほうがいい。
酸素の管理をしてもらえるし、清潔なベッドで、食事の心配もなく、薬もきちんと飲ませてもらえる。
私は年末年始行っている時、何とかして入院するよう説得しようと考えていました。
入院すれば伯母の息苦しさも軽くなるだろうし、伯父も施設に入れば、これまで伯母がしていたお世話をしてもらえると思っていました。
だけど、「入院はいや!」「治療はしなくていい!」
子どもがいなかった二人は、お互いがお互いを支え合って生きてきた。
二人の望みは二人で居ることだけ。

大晦日の夜中、転けてしまった伯父は自力で立ち上がれない。
酸素をしている伯母の体力では伯父を起こすことはできない。
夜中に看護師さんが伯父を起こしに来てくれた。
ケアマネさん、ヘルパーさん、訪問看護師さん、薬剤師さん、訪問診療の先生、自治会の方、皆さんのお陰で二人は家にいられます。

先週の夜、薬局の方が薬と栄養ドリンクを届けてくれた。
「他の方と重ならない時間帯に訪問したいんです。」と
なるべく二人だけにならないよう伯母夫婦を心配してくれている言葉に感謝しかなかった。

きれい好きだった伯母。
今は身支度をする気力もなくて、
でも、恥ずかしいという気持ちがあって、
そして今でも、みんなに気を遣っている。
「何もしてあげれんねー。何も出してあげれんでごめんねー!」
自分の体が動かなく苦しい時に人のことを気にかけている。
そんな二人の口癖は「ありがとう!」だ!

どうしたらいいんだろうか。
どうしてあげれば二人は幸せなのだろうか。
どうしようもないことなのかもしれないが、、、
できるだけ二人の幸せを考えてあげたい。

何も悪いことしていない普通に生きてきた、
本当にいい人だった二人の人生最後が、
ここまで苦しいものになるのか、、、

「誰が悪いとかいいとかじゃなくて、宿命で決まっているんじゃないだろうか。」と娘が言った。
宿命と言ってしまえば変えることはできない、、、
二人を変えることもできない。

私にできることは、週に1度顔を出すぐらいだ!
私は、手を握って抱きしめて「また来るね!」って言う。
「ありがとう!」とかえってくる。
こんな状況でも「ありがとう!」が言える二人はすごい。
宿命は変えられなくても「ありがとう!」が言える二人の人生って
もしかしたらいいのかもしれない。

だから決めた!

もし、二人が私のことをわからなくなっても
「ありがとう!」と言ってもらえなくなっても
私がしたいからする!
私のできることが全て!
私は私のできることだけに集中する!




長くなってしまいましたが最後まで読んでくださりありがとうございました。
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以前(3年前)の私は、自分のことに集中できず、誰かに認めて欲しくて無理なことをしていました。自分のキャパを超えて、これでも?!これでも?!と無理していました。




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