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スパイと孤独

 少なくとも小学生のころのぼくは、大人になった自分がスパイ扱いされるなんて思いもよらなかったはずだ。そう純粋に信じていた時期が、ぼくにもあったのである。

 ところがぼくは今、韓国人の友人とは距離を取った。お互いに。過去5回の訪朝と、朝鮮総聯の機関紙「朝鮮新報」への執筆。これはイエローだとしても真っ赤に近いだいだい色。ぼくも友人たちも今は遠く離れた。遥か宇宙空間を飛ぶ人工衛星のように、ぼくたちは高速で離れて行った。国家保安法が生きる韓国は怖い。ぼくはともかく友人に類火が及ぶことは避けねばならぬ。

「大丈夫よ。今の政権なら。私だって韓国に行けたんだし」と笑うのは、元朝鮮総聯関係者である韓国籍を持つ在日コリアンの友人。今の進歩派の文在寅政権なら大丈夫と彼女は笑うのである。

 しかし前政権、朴槿恵政権なら危なかった。李明博政権でも。保守派がトップになれば一気に身は危うくなる。政権が変われば立場もガラッと変わるなんて信用が出来ない。だからぼくはもう、10年ソウルを訪れていない。

「あなたは確実にファイリングされてるでしょうね」とある大学教授は笑う。「公安警察、韓国大使館は確実。中国、ロシア大使館ももしかすると」と。「書いていた媒体がね。朝鮮新報に週刊金曜日。バランスが悪い。個々の記事の内容をよく読めば、バランスは取れているのだけどね」

 このnoteも読んでくれているのかな。感想を頂ければ幸いです。

 などと強がってみる。

 北朝鮮本国の案内員は言う。「あなたの書く文章は思想的に偏りがある」と不満げだ。「頑張って書いているじゃないか」と言ってくれる人もいる。評価は分かれている。外国人の愛読者を持つなんて、なかなかないことだぞと空元気を出してみる。

 帰国して在日コリアンの朝鮮新報の愛読者の方に聞いてみた。「連載が始まったころは絶対スパイだと思っていた。だって、日本人なのに書く内容がディープすぎるんだもん」

 むしろ光栄ではないか。北朝鮮本国に読者がいて在日コリアンの方からもスパイ扱い。日朝韓中露、全ての国から「こいつはスパイ」と判断されるとは。さて、ぼくはどこで生きていけばいいのだろうね。

 アメリカが北朝鮮入国経験のある人物への入国制限を厳しくしたというニュースを見た。何でもビザの取得のために英語の面接をするという。ぼくは英語は出来ない。自由の国アメリカに、日本の盟友アメリカに、無敵の赤い日本のパスポートを持っているのに、行けない。

 妻は大笑いしている。ヨーロッパにいつか行こう。あるいはウラジオストックに行こうという。ヨーロッパの多くの国と北朝鮮は国交がある。でもマンハッタンを歩き、ブロードウェイでショーを見て、ラスベガスの大通りで「クレイジー黄金作戦」のダンスシーンに想いを馳せるのがぼくのひとつの夢だった。それはたぶん、間違いなくかなわない。

 さて、ぼくをスパイと思っていた朝鮮新報の愛読者に聞いてみた。「今でもぼくが、公安のスパイだって思うかい?」と。その方は首をふった。そうだろう。納得しかけたぼくに、その方は言ったのだ。

「会ってみたらスパイ以上に、より怪しかった」と。

 ぼくは孤独だ。もはや半島にも列島にも大陸にも、ぼくの理解者はおらず、また居場所はない。

■ 北のHow to その88
 今のところぼくはどこのスパイでもないのですが、北朝鮮に関わると色々な方向から疑われることを覚悟する必要があります。研究でも執筆でも。お互いに疑いながら笑顔で握手を交わす。そんな術を身に着ける必要があります。

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北岡 裕
サポートいただけたら、また現地に行って面白い小ネタを拾ってこようと思います。よろしくお願いいたします。