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平壌の地下でぼくはため息を吐く

 北朝鮮の案内員の推し、強く強く勧めるのが地下鉄乗車体験。平壌の地下鉄は実はソウルの地下鉄より開通が早い。そして深い。駅の装飾は映える。”はえる”ではない。”ばえる”のである。そりゃ推したくもなる。

 しかし4回も同じ区間、しかも1駅間だけ乗っていると鉄オタとは言え飽きる。さすがに飽きる。でも乗るのである。

 荘厳な装飾とタイル画。駅のホームは一面で広い。しかしここにも視覚障碍者用のタイルは無い。ホームドアもない。東京をはじめとする日本の駅の風景は本当に21世紀になって変わった(ソウルも)。優しくなったことを平壌で感じる。

 それにしてもこの駅の荘厳さたるや何だろう。天井が高い。ムダに高すぎるのである。平壌の地下鉄は第三軌条、パンタグラフではなくサードレール、2本のレールの横に通電したレールをもう1本通し集電するスタイル。東京でいうなら銀座線、丸ノ内線と同じスタイルである。

 ご存知の通り銀座線、丸ノ内線の開通は古い。銀座線は開通が戦前に遡る。大きなトンネルを掘る技術が無かった故の第三軌条式である。トンネルが小さければ畢竟、車両も小さくなる。銀座線も丸ノ内線も小さな車体の6両編成。輸送力のなさは運行頻度で稼ぐ。ホームに立っていると列車はひっきりなしにやって来る。

 さらに銀座線も丸ノ内線もトンネルの位置が浅い。深く大きなトンネルが掘れない時代のテクノロジー。だから今は第三軌条式の地下鉄は作られない。ロストテクノロジーとは言わないが、今後発展は見込めない技術。さらに相互乗り入れがない。一路線で完結している。つまり銀座線は銀座線だけを行き来し、丸ノ内線は丸ノ内線だけを行き来する。厳密にいうなら、銀座線と丸の内線の線路は繋がっており、定期的ではないが臨時列車の乗り入れや車両メンテナンスの関係で車両の行き来がある。

 長々と書いてきたが、平壌の地下鉄は東京の、資本主義の視点で見ると大いなる矛盾を孕んでいる。大きなトンネルを掘る技術がない時代に、深いところにトンネルを掘った。そしてその駅の天井はとんでもなく高い。延々と地の底、どん底まで降りてきて広がるだだっ広い空間に「うわぁ」と思わずため息を吐く。そして駅を彩る荘厳な装飾にもうひとつため息を吐く。

 もしかするとこのため息を案内員は聴きたいのかも知れない。資本主義の巣窟たる日本からやって来た、酔狂な日本人が吐くため息の音は、彼らにとって痛快な旋律を奏でるのかも知れない。

 だがぼくが吐くのは案内員の期待する、感嘆純度100%のため息ではない。よくぞここまで。という呆れも若干ながら混じっていることを認めなければならない。第三軌条の癖にこんな深いところに駅作っちゃってどうするの。天井もこんなに高くして、どれだけコストかかってるんだよ、もう。

 ソウルと同じく、そこには戦争の影がある。有事の際には核シェルターの性格を兼ねるという意味では、なるほど平壌の地下鉄の駅は深くあらねばならない。よろしい。深さは認めよう。

 問題はこの駅の天井の高さと装飾である。ぱちぱちとぼくの頭はそろばんを弾く。そしてさらに深いため息を吐く。もうちょっと簡素で、機能的でいいよねぇと。

 これが社会主義なのか。資本主義的視点を捨てよというのか。大理石が敷き詰められた駅は、正直少し怖い。酔っぱらって階段を踏み外しでもしたら流血の惨事は間違いない。この四角四面さと大理石の冷たい光は、社会主義の優越性を誇っている。そこを見て欲しい。五感で存分に感じて欲しい。ここは革命の首都、平壌なのです。しばしの間、東京のことは忘れてください。

 集団から少し離れ、感嘆のため息とは違う種類のため息を吐くぼくに気付いた案内員が寄って来た。「どうですか」。笑顔と共に感想を求められる。「素晴らしいですね」という期待されている答えは返したくなかった。「ピアノ…」ということばが口をついて出た。案内員が期待外れの答えに訝し気に覗き込む。この駅のホームにグランドピアノを置きたい。静かすぎるのだ。地下鉄が刻むレールの音と、汽笛の音だけでは寂しい。列車を待つ乗客たちは総じて静かで、会話をしていても囁くように話して、まるで聞こえてこないのだ。十分なスペースはある。ホームの広さの割に人がいない。さて、この荘厳な駅で奏でられる音楽は何がいいだろう。

 行進曲?トッカータ?案内員から離れ頭の中でiTunesから曲を選ぶようにふらふらと歩くぼくの足の運びは、平壌市民はもちろん、外国人訪問客の規格をもはみ出していたらしい。駅にたくさんいる制服姿の女性職員のひとりは目ざとく見つけ、ぴぃっと激しく笛を吹いたのだった。

■ 北のHow to その84
 駅ごとにオリジナルの発車メロディーがあるのはある種当たり前になりました。例えば京浜東北線の蒲田駅なら蒲田行進曲が流れるように。
  平壌の地下鉄の駅は総じて個性的、深く荘厳なのですが、発車メロディは個性がありません。もし次に乗車する機会に恵まれたのなら「駅ごとにオリジナルの発車メロディを採用するのはいかがでしょう」と提案してみるのはいかがでしょう。荘厳な駅に合う音楽がないのです。資本主義育ちの奴はわけがわからないことを言うと一笑に付されるか。面白い!と食いついてくるか。楽しみです。 

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