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付記。北の国の忘れ得ぬ人々 #5

 平壌のナンバーワン、バーテンダー、チェ・ユンジュさんの話を書いてきた。若干の付記を。

 かつては中国もそうだったと聞くが、2004年に北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国を初めて訪れた時にはまだ、接待員たちの対応は実に社会主義的だった。

 スマイル0円を掲げたのはマクドナルド。常に笑顔での感情労働の強制は資本主義のひとつの究極のかたちとぼくは思うが、その正反対が2004年の平壌。笑顔をふりまいたところでどうなるというの?一生懸命働いてどうなるというの?たくさん売り上げてもどうせあたし個人の収入には関係ないのよ、ふん。というのがそれまでの平壌の接待員たちの態度と働き方だった。

 インセンティブがゼロか、あるいは微々たるものだったのだろう。それを崩してバカな話をして大笑いさせることが北朝鮮旅行の妙味だが。

 既に40代のユンジュさんもそんな時代に社会人デビューしているはずで、そこですれずに、その魅力をどう磨いたのか。誰か影響を受けた人やきっかけはあったのか。想像は膨らむ。「社会主義であるわが国でどうやってあれだけの高いレベルのマナーとサービスを身につけたのか。本当に不思議だ」とはある在日コリアンの方の述懐で、ぼくも全く同感である。

 さて、2015年の訪朝時もオリジナルカクテルを作ってもらった。「再会」をテーマに。冒頭の写真がそれである。ユンジュさんの解説は以下。
「草色と赤色、黄色に透明色。色々な色は混ざり美しいひとつの味に。お互い住むところは違っても、世界平和を目指す心はひとつに!」

 ユンジュさんへのプレゼントはともかく迷った。当時写真関係の会社に勤めていたので、社割をがんがん使ってユンジュさんの写真をラスターペーパーで焼いてもらい、これまた社割で買ったフレームに入れて渡した。

「なかなか会えない船乗りの旦那さんにどうぞ」と。やっぱり怖いもん。船乗りとケンカしたら絶対負ける(文弱なぼくはほとんどの男性に負けるが)し、平壌に海はないから沈められることはないと思うけど。

 下心なくユンジュさんの夫とぼくの妻への遠慮も加味し、オリジナリティのあるもの。という意味では最適解だったと思う。

 この迷い考えるという過程が実に面白かった。「ひとのときを、想う。」というのはJTのコピーだが、その妙味を味わった。

 北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の人という視点から、ユンジュさんという個人に焦点が変わっていくのだ。まるでGoogle earthを、遥か天界から地面に向けてズームアップして行くように。国対国の関係から、個人対個人への関係へと窯変していくのだ。

 そして再び天界へズームアウト。個人対個人のイメージが、個人対国へと変わる。北朝鮮へのイメージが変わる。そこに葛藤と摩擦が生まれる。「日本人を拉致するような国にいいイメージを持っていいのか。でもこの心の中の温かい気持ちは何なのか」と。そこでカウンターに突っ伏す。

 連続するズームアップとズームアウト。再び会えないかもしれぬという緊張。限られた機会と時間で印画紙に焼き付けるように自分をどう印象付けるか。また、自分の記憶を相手にどう焼き付けるか。人生でこれまで、それなりに人並みにプレゼントする経験をして来たと思うが、プレゼントひとつ選ぶという行為だけでここまで考えたことはぼくはなかった。

 コロナウイルスの影響もあり次回の訪朝は未定。また現在、現地に行っている在日コリアンの方もいないから、ユンジュさん情報は全く入ってこない。外国人の訪朝者がほぼいない今、ユンジュさんが支配人的立場にいるレストランは営業しているのかもわからない。そしてユンジュさんがそこで今も働いているかは不明である。

 さて、大変なことになったと思いつつもどこか楽観してもいる。ふだん神も仏も信仰しないぼくが、人の縁というアナログ的なものを信じてみようかと思っている。また平壌のどこかで、ぼくはユンジュさんと会えると思いこんでいる。勝手に。ユンジュさんに限らず、多くのこれまでの北朝鮮への旅で会った人たちと共に。

■ 北のHow to その38
 高価なプレゼントを配るのはまるで成金みたいでカッコよくない。余りお金をかけずに、けれどその人への特別感、想いをどう伝えるか。北朝鮮の人へのプレゼントはものよりも、そのものに乗せることばや心意気が大事な気がします。

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