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誇りと冷静と躊躇と油断#7 東京のハルモニたち

  5年前のこと。東京都北区十条の朝鮮学校で朝鮮総聯結成60周年の記念大祝祭に取材のため訪れた。

 週刊金曜日と朝鮮総聯の機関紙朝鮮新報の取材。日本のマスコミはほとんど入れないところにひょっこり入れてもらった。

 当日は5月なのに30度近い気温になり、せっかくの黒コーデは大失敗。軽い熱中症になってしまった。学生食堂がクーラーが効いているという話を聞き避難して、ようやく人心地を取り戻した。

 とはいえ未だ体調は万全でない。食堂には多くのハルモニ(おばあさん)がいたので、彼女たちの声を拾えば最低限の記事にはなる。頭の中で記事の構成を組みよっこらせと立ち上がり、話を聞き始めるとたちまちハルモニに包囲されてしまった。

 ムダにモテ期スイッチが入った。あるハルモニに「今日はどこから来ましたかー」と話を聞いていると、白い皿に乗ったいちごがすっと差し出される。その方向を見ると、無言で笑顔を浮かべるハルモニがいる。「ぼくにですか」と聞くと頷く。ありがとうございます!と言っても頷くだけ。な、なぜ無言。何か言ってくださいよ。5月のいちご。高いよなぁ。でも頂くしかないよなぁ。

 こういう時は遠慮はいけない。取材相手から金やものを貰わないのは常識なんだけど食いもの、消えもの系は「いっただきまーす!」と堂々と、ちょっと卑しいくらいの感覚で勢いよく食べるのがちょうどいい。気分は松岡修造。ちょっぴり無責任男の植木等を混ぜる。するとどうだ。その見事な食べっぷりを見てあっちからお菓子。こっちから飲み物。「お兄さん。かっこいいねぇ」などと言う声が飛ぶ。

 よし、ここでさらにギアを上げよう。「いやー、ハルモニ。60年前に聞きたかったですねぇ、そのセリフ」。少し毒蝮三太夫を混ぜてみるとあら不思議。アラセブン、アラエイトには無敵。ぎゃっはっは。あとは何を話してもどっかんどっかんウケる。気分はホストクラブである。

「あのですね(もぐもぐ)ハルモニ(むしゃむしゃ)。今日のこのイベントは…(横からジュースが差し出される)あ、ジュースですか?いただきます。いや、暑いから美味しいなぁ。で、今日のイベントなんですけどね(ビールを差し出すハルモニが新たに出現)。あ、ちょっとハルモニ!アルコールはダメ。ビールはさすがにまずいんです。勤務中に酒飲んだら仕事にならないし、そもそもぼくはお酒が飲めなくて…。ところでどこまで話しましたっけ?」

 こんな感じでインタビューを取ってると「ちょっと〇〇さん!このお兄さんあんたの息子?」と横からさらに別のハルモニが闖入してくる。「日本人の記者さんだよ!朝鮮新報の!」とインタビューを取っていたハルモニが言い返す展開。「どうりで!あんたに似てなくてイケメンだよ!」。言った方も言われた方も周りもどっと沸く展開。もうしっちゃかめっちゃか。よく記事にまとまったと思う。

 続いて外で取材をしていると手招きが。30代の男性集団から炭火で焼いた焼肉を頂く。せめて自分の肉の分は出します、と財布を出すと「いらないいらない」と断られる。朝鮮総聯、朝鮮学校系のイベントの取材はかなりの回数行ったけれど、ほぼ毎回この展開である。もちろん、ジャーナリストの端くれとして食べ物を貰ったからと言って記事の内容を甘くしたりはしないのだが、在日コリアンを含む朝鮮側、韓国側が圧倒的多数の場合固辞はなし。「遠慮なくいただきます」と食べた方が取材はスムーズに進む。

「ちょっと記者さん聞いてよ。てか、必ず書いて。ここで朝鮮総聯の問題点を俺は今から話すぅ!」と酔った男性が話し始める。「うわぁ、その内容は書けない。書いたら間違いなくぼく出入り禁止ですわ」。胸の奥にしまっておくべき裏話もいっぱい貰えての帰り道。

 対朝鮮人、韓国人、在日コリアンに対して奢られ方、饗応のされ方と言えばいいだろうか。それがともかく日本人は下手くそな気がする。石部金吉、髪型をかっちり七三に分けた融通の効かないユーモアのない、型通りの対応をとってしまう。それが象徴的に表れたのが日朝首脳会談だった。

 
■ 北のHow to その54
 在日コリアン、朝鮮総聯系のイベントに行くと毎回ごちそうになります。顔が割れているので「あ、新報の記者さんでしょ(厳密にいうと違うけど)。いっしょに焼肉食べない?」という展開になります。
 そして在日コリアンのみなさんは実に気風がいい。屋台でドカッと買い、売り子の学生がやってきたらどりゃせいっと買います。特に朝鮮学校系のイベントでは、この売り上げが学校の運営資金になるからだとか。「後輩のために、ね」とはいうものの往々にして買い過ぎ、当然余り「記者さん食べちゃってよ」となります。そういう背景もふまえて、出されたものは全部食べてやる精神で行くと、とことんかわいがられます。取材も進みます。話も拾えます。これが取材術であり、また仕事術なのです。

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