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【解説】灘中 2023年 国語 2日目について

(灘中 2023年 2日目についての解説になりますので、お手元に入試問題をご用意の上でご覧下さい。なお、全体の分量は約4200文字です。また、2023年当時に書いたものの再掲になりますのでご了承下さい)

大問一:鎌田裕樹「ポケットの種から」より
 大問一の文章をざっと見渡してみると、1つ気づくことがあります。それは「難しい語彙がほとんど出てこない」という点です。もちろん、「草分け」「風貌」「培う」といった具合で大人向けの文章らしい言葉遣いも散見しますが、いずれも進学塾などで訓練を積んできた受験生ならばどこかで見かける可能性の高い言葉であり、仮にこれらを知らないとしたら準備不足と言われてもやむを得ません。扱われている話題も別段専門性が高いわけでもないため、大人の目には「随分読みやすい」と思わされるところがあります。
 さて、そうするとここで、なぜ灘中はこの文章を今回の入試に採用したのかという疑問が湧いてきます。その目線から文章を改めて見直してみると、何点かのポイントに気づかされます。
 筆者の記述に沿って、全体を見渡してみましょう。おおよそ「①本好きだった自分が農業の勉強を始めた」→「②ある本をきっかけに農業に関心を持つ」→「③知人の紹介で求人を紹介されて農業の仕事に就くことになる」→「④農業を始めてから自分の感覚に変化が起こった」→「⑤生きた知恵を身につけ、季節の移ろいとともに生きていきたいと願っている」という流れになっており、組み立てのしっかりとしたとても良質な文章です。しかし、まとめてみればこのようにシンプルに見えますが、少し気をつけたいことがあります。
 それは、この文章には具体的な情報がかなりたくさん埋め込まれている点です。例えば、「②ある本をきっかけに農業に関心を持つ」では、『忠吉語録』に登場する「佐藤忠吉さん」の人物像や、低温殺菌の牛乳のことや、『忠吉語録』からの引用などが、それなりの分量を割いて説明されています。そうした情報に気を取られてしまうと、『忠吉語録』で出会った「地に足がついた言葉」に引きつけられて農業に憧れたという話の要点を見失うこともあり得るでしょう。
 灘中の入試問題は、具体的な情報の海から素早く正確に要点を釣り出すという思考を試す傾向が、とても強く見られます。そして、この文章はその要点把握力を試すのに格好の素材となっていることに気づくと、灘中がこれを選んだわけも納得できます。設問の方も、要点把握が正確にできていれば答えがすんなり書ける問いが多く、「通読の精度」が点数を大きく分けるようになっています。まさに文章を読み始めた段階から勝負は始まっているといったところでしょう。
 他にも随筆文らしく、後半で筆者の個性が感じられる言葉遣いがいくつか現れることも、この文章の見どころです。例としては、「風景が具体化していって~」や「農業と生活が縫い目なく繋がっていけば~」といった表現になります(後者は傍線部が引かれており、設問になっています)。「具体化」や「縫い目」は灘中の受験生ならば間違いなく知っている言葉でしょう。ですが、辞書的な意味を知っていたとしてもこれらの言葉の意味内容を瞬時に感得できるかどうかは、受験生自身の知識と経験の厚み次第です。こうした表現がしっかり入っていることも、灘中がこの文章を出題した理由だろうと想像されます。

大問二:村井理子『本を読んだら散歩に行こう』より
 大問二の方は、文章がAとBに分かれています。そのため、通例より文字数が多いので戸惑った受験生もいたかもしれません。しかし、読み取りや設問への対応についてはいつも通りの灘中と言えますので、冷静に対処したいところです。
 大問一との大きな違いは、文体ががらりと変わっていることです。書き手が違うと文体も変わるというのは当たり前のことですが、大問二はまるで筆者が目の前にいて饒舌に喋っているようなライブ感があり、大問一とは読み味がまったく異なっています。この切り替わりの振れ幅に焦ると、足元がぐらつきかねません。
 さらに、この筆者はユニークな表現を矢継ぎ早に繰り出してきます。表現の幅広さについては確実に大問一以上でしょう。具体例を抜き出してみると、「やさぐれた主婦」「私のなかの『料理』は瀕死の状態だ」「がっかり・気の毒・腹が立つのコンボ」「皿の上に自分の念を盛り付けない」「まんぷく三銃士」といった調子です。これらの表現が言わんとするところを直感的に飲み込み、面白がる「ノリの良さ」があるとかなり読みやすくなるでしょう。なお、「私のなかの『料理』は瀕死の状態だ」等は設問になっており、文脈から表現の内容を具体化するという定番のパターンがきっちり出題されています。
 では、このことを念頭に置いて、文章の内容を整理してみましょう。
 文章Aは、「①筆者は料理をすることに疲れている」→「②子どもの頃の筆者は料理をすることが純粋に好きだった」→「③筆者は大学卒業後、誰かのために料理をするという考え方を押しつけられ、料理に対する気持ちが変化した」→「④料理に前向きになれなくなっていた筆者が、病気などを経て料理に向き合おうと思うようになった」という流れでまとめられそうです。
 文章Bは、「①料理がつらくなったという現状と、その原因となった気持ちについて筆者が述べる」→「②子どもに料理を出した時の反応と、それに対する自分の心理を分析して筆者が自己嫌悪に陥る」→「③筆者は考えすぎだった自分に気づき、料理と向き合う時の姿勢を転換する」→「④筆者が今では、どのような料理を作るようになったのかを説明する」となります。
 整理してみれば何のことはなさそうですが、大問一のように具体的な情報が盛りだくさんの上に話し言葉的な文体で独特な表現をあれこれと畳みかけてくるため、話題の切れ目がやや分かりにくくなっています。ぼんやり読むと気づかないうちに別の話題に変わっていて、いつの間にか文章が終わっていたということもあり得ます。そうならないためにもしっかりと集中力を高め、「こことここがつながる」「ここが要点」「ここで話題が移る」というふうに確かめながら読み進めなくてはいけません。その意味では、頭を使って読む姿勢がより求められていると考えておきましょう。
 加えて、背景的な知識がないと分かりにくい表現が不意に出てくることに注意しておきたいところです。例えば、「やっぱり手作りが一番おいしいという呪いの言葉」「手作りVS冷凍食品という論争にも気楽に乗れない」「自分自身をないがしろにすることが、家族への愛だと勘違いをしていた」等がそれです。大人の読者にとっては自明の話ですが、小学生の受験生にとっては「?」となる恐れがあります。中には、「手作り」が誰にとってどんな意味で「呪い」になるのか、そもそも「自己犠牲」が「愛」になるとはどういうことなのかと考え込んだ受験生もいたかもしれません。ですが、実はこうした表現の中身を正確にはわかっていなくても、設問を解く上で影響はほぼありません。つまり、これは細部にとらわれずに要点をつかみ出す力を試しているとも言えるわけで、こんなところからも灘中らしい「狙い」が感じられます。

大問三:秋村宏『生きものたち』より
 大問三の詩はなかなかの難物と言えます。詩の内容と設問をチェックし、灘中の出題の意図を探ってみましょう。
 この詩における最大の謎は「あなた」の正体です。問五-Aでそれについて問われており、受験生が「あなた」をどう理解したかを出題者は確認しようとしています。
「あなた」という人称代名詞は強い具体性を帯びています。会話の相手に呼びかける言葉である以上、実在する何らかの人物をはっきりと指しているという手応えがあります。ですが、大問三の「あなた」は、少なくとも詩を読む限りでは具体的な人物像が想定されているようには見えません。ここでの「あなた」は着地点が未定であり、中間項的存在を指示する不可思議な代名詞になっているわけです。敢えて言葉にすると、作者の内心に存在していて、誰とは明確には言えないけれども、作者に影響を与えている何者かを指して「あなた」と言っていると考えられます(こういう言葉の扱い方に接すると、詩人の「凄み」が伝わってきます)。
 そう気づければ、詩を理解するための立脚点が見えてきます。それは、「中間項的存在を中間項的存在のまま受け入れる」という宙づり状態に耐える強い精神です、
 なんということを受験生に求めるのだろうと、感嘆と驚嘆の入り混じったため息が出そうな出題です。具象性のない「あなた」を具象性のないままに受け止め、理解し、答案を作らなくてはならないというのは、冷静に考えてみると小学生にとってはかなり難度の高い要求と思われます。恐らく灘中は、受験生が宙づりの感覚と我慢強く向き合って「あなた」とはこういう人のことだと決めつけをせずに答案を作れるか、見極めようとしているのでしょう。
 もちろん、灘中は難度の調節をしっかり行っています。大問三はまるで多段式のロケットのような構造になっており、問一~四は「あなた」の正体がはっきりわかっていなくても灘中に備えた読解訓練を十分行っていれば正解可能です。そして、「あなた」の正体について有効な「仮説」を立てられなかった受験生は、問五-A以降で全く点数を取れなかっただろうと予想されます。全体のバランスから大問三の配点は合計で30点くらいと推測されるのですが、そこから考えると問四までで何とか15点ほど確保できるように作問されていると見受けられます。
「中間項的存在を中間項的存在のまま受け止める」という宙づり状態の思考をできる受験生が、それほど大勢いるとは思えません。もちろんそれができた受験生はここでハイスコアをたたき出すでしょうが、少数派と見なすのが現実的です。大問三は問五-A以降の「突風」に吹き飛ばされず、問一~四に食らいついて点数をもぎ取りにいけるかどうかが分かれ道だと考えておきましょう。
 灘中の詩は毎年、なるほどそう来るか思わされる意外性があり、大変興味深いところがあります。それゆえに高得点をマークすることは容易ではないのですが、一方で取りどころを周到に用意してくるという特徴もあるため、押さえるところを押さえられれば合格点に手が届きます。たくさんの詩に触れ、感覚をしっかりと磨き込んでおきたいものです。

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