見出し画像

【解説】灘中 2024年 国語 2日目について

(灘中 2024年 2日目についての解説になりますので、お手元に入試問題をご用意の上でご覧下さい。なお、全体の分量は約7700文字です)

大問一 兼本浩祐『普通という異常 健常発達という病』より
 2024年度は2022年度のパターンに戻っており、大問一に説明的文章が登場しています。過去10年ほどは大問一、大問二が両方とも随筆文という出題が多かったのですが、近年はそこから外れるケースが目立っているようです。これからも説明的文章の出題が増える可能性が十分にありますので、まんべんなく対策をしておく方が得策です。
 文章の方は世間でも最近話題になることが増えたADHD、ASDについての内容になっており、現代の世相に抜かりなく目を行き届かせたセレクションをしてくるところはまさに灘中です。新しい文章を採用し、「今」を切り取る視点を忘れない目利きぶりはさすがですが、もちろん目新しさだけでこの文章を採用したわけではないはずですので、ここは中身を分析して出題意図を探っていきましょう。
 文章は大きく前段、中段、後段に分かれています。まず前段をまとめてみると、以下のようになります。

・Aちゃんが小学校に入学する

・Bちゃんとランドセルの色が被る

・BちゃんはAちゃんを意識し、「猛アタック」を始める

怪獣や虫に夢中なAちゃんは全くなびかない

Bちゃんの「いじわる」はAちゃんにダメージを与えず、Aちゃんは知り合った同じ趣味の男の子と一緒に帰るようになる

BちゃんはAちゃんにちょっかいをかけることを諦め、クラス替えで2人は別のクラスになった

 前段はAちゃんとBちゃんにまつわる出来事の説明がメインになっています。内容は読み取りやすく、難しい言葉もほとんどありません。抜き出してみると、「バッティング」「取り巻き」「堪忍袋の緒が切れる」「揶揄」「難癖」「立ち消え」といった言葉が出てきますが、灘中を目指す受験生であれば知っていてほしいレベルであり、文脈から十分に意味を予想することもできますのでつまずきどころにはあまりならないでしょう。ここは出来事のポイントを整理しながら読み進めておきたいところです。
 そして、中段ではAちゃんが大泣きをして家に帰ってきたという出来事が説明されます。

・学校の花壇でAちゃんは青虫を見つける

・家に持って帰るが、母に諭されて花壇に戻すことになる

・学校に行く途中、混み合った電車の中で青虫を落として見失う

・帰宅後、母の前で青虫が死んだと言ってAちゃんが大泣きをする

母の慰めで泣き止む

 前段、中段を見渡してみると、まるでレポートを書くように筆者が事実の説明に徹していることがわかります。不用意に感情を交えることはせず、出来事の要点をとても要領よく説明してくれているので、文章に身を任せて素直に読んでいけばまず大きな問題はありません。また、人物像や性格を抽象的な言葉で説明することはほとんどなく、抑制的な文体になっているところも特徴です。語られていることを順に追っていくとAちゃん、Bちゃんがどんな子なのかがくっきりと浮かび上がってくるようになっているわけです。
 そして、後段からはいよいよ筆者によるまとめが始まります。

Bちゃんの対人戦略を「いじわるコミュニケーション(いじコミ)」と命名する

子ども達(特に女の子)は成長の早い段階でお互いに適度な量のいじわるをしながら、徐々に自分の立ち位置を決めている

ADHD、ASDの傾向のある子は、次第にそうした世界からはじき出されてしまう

「いじわるコミュニケーション」は洗練されると高度なコミュニケーション技術になる

 後段は抽象的なまとめに当たるフレーズが増え、前段や中段に比べると難しい言葉が多くなっています。ここからは少し文章の水準が引き上げられている印象がありますので、注意が必要です。いくつかの言葉をピックアップしてみると、具体的には「同僚」「臨床試験」「事例化」「鋭敏」「認知」「スキル」等がポイントになります。難語の羅列というほどではありませんが、気をつけて読み進めていないと後段で振り落とされ気味になる恐れがあるため、的確に頭を切り替える柔軟性が求められていると考えましょう。
 さて、後段を読んでいると興味深い点が見えてきます。それはAちゃん、Bちゃんのどちらにも筆者が肩入れをしていないということです。筆者はあくまでも研究者的な目線に立つように心がけており、客観性を保ってまとめを展開しています。こういう話題が取り上げられる場合、文章によってはAちゃんの気持ちに配慮しないBちゃんを批判するような書き方がなされることがあり、受験生の方もどちらかに自分を重ねて読んでしまうケースが考えられます。しかし、「自分にはAちゃん/Bちゃんのようなところがある」という見方をしながら文章に目を通してしまうと、整然とした読解ができなくなる恐れがあります。
 ここから見えてくるのは、「対置されているものがあった時、そのどちらの側にもつかずに客観性を保って文章を読みきる姿勢」を試したいという灘中の狙いです。これは2023年の2日目に出題された詩の読み方(「中間項的存在を中間項的存在のまま受け入れる」)とも通底していて、本質的に似たところが感じられます。今回の大問一も受験生がそうした視点の持ち主かどうか確かめようとしている気配が濃厚であり、灘中が求める人間像が垣間見える出題です。
 設問もチェックしておきましょう。まず目を引くのは問五の百字記述ですが、2019年の1日目で一度百字記述(作文)を出題しており、近年の過去問に目を通している受験生ならば慌てるべきではないと言えます。また、百字と言ってもよく確かめると要点整理を求める設問となっていますので、適切に訓練を積んだ受験生にとっては十分に対応できる水準です。灘中は要点をとらえる読み取りを試すことをとても好むため、その点から見てもこの記述は定番の範囲内に収まっていると見なすのが適切と考えられます。
 大問一で最も注意をしたい記述は問六です。一見すると色々な書き方ができそうなところであり、やや答えの振れ幅が大きいととらえるのが適当です。ですが、ベストの答えはAちゃんの内面に触れた答えであると言えるでしょう。結局のところ、Aちゃんがなぜそこまで大泣きをしてしまったのかという点に踏み込んでまとめられていると、高得点につながると予想されます。Aちゃんとしては、自分が落とさなければ青虫は死ななかったという思いがあるはずであり、強い罪悪感を覚えていると見るのが妥当です。そして、その気持ちを母の言葉が和らげたという方向で考え進めて答えを書けると高得点につながります。ただ、記述としては物語文のような面があり、事実上心情読解に近いと言えます。灘中は大問一、大問二でストレートに心情を問いかけてくることはあまりないため、このタイプの記述が来年度以降の新しいスタンダードになるかどうか注視する必要がありそうです。
 あとは問七も要注目です。傍線部の「鬼門」がポイントですが、この言葉の意味を正しく知っていないと対応に窮するかもしれません(問三の「手練手管」も似たところがあります)。灘中は「少し難しい言葉を含んだ表現を傍線部にして設問を作る」という特色が見られ、作問者にとっては読解力と語彙力を同時に試すという一石二鳥の効果があります。「鬼門」の意味を意識した上で、そのあとに書かれていることの要点を整理してまとめるという手順になっており、灘中好みの出題パターンに沿った記述です。

大問二 桜木紫乃「軍艦島にて」より
 大問一とは打って変わって、大問二は随筆文が出題されています。しかし、「灘中の2日目と来たら随筆文」はもはや定番であり、灘中を目指す受験生ならば嫌というほど訓練してきていると思いますので、ここは是非乗り越えていきたいところです。
 ただし、注意しておきたい点が2つあります。
 1つは大問一との落差です。2023年の2日目もその傾向が見られましたが、ここ最近は大問一、大問二で全くテイストの異なる文章を並べてくるという特徴があるように感じられます。今回は大問一がレポート風のかっちりとした文章でしたので、「文章に身を任せる」読み方でそれほど問題はなかったと言えます。ところが、大問二の方は筆者の感性と情緒が積極的に表現されている文章のため、こういう言い方をすることで何を伝えたいのだろうと「自分から理解しにいく」という主体性が求められます。大問一と大問二で文章に対する向き合い方を上手に切り替えておかないと、足をすくわれてしまいますので十分に気をつけましょう。
 2つ目の注意点は文章の短さです。大問一の半分ほどしかなく、中学入試で出題される文章全体から見ても、突出した短さということができます。では、「短い=簡単」なのかというとそうではありません。寧ろ、場合によっては長い文章の方が簡単なことがあるという事実を灘中はよく理解しています。文章が短いということは直接的に言語化されている情報の量が少ないということであり、情報の量が少ないということは自分で推測しながら読む領域が広いということを意味します。よって、文章読解の練度が低いと書いてあることを書いてある通りに読むことしかできず、文章からくみ取れることも少なくなります。そして、アウトプットとしての答案も内容が薄まってしまうため、結果的に点数は低くなるので合格が遠のくというわけです。灘中で短い文章が出題された時には絶対に油断してはいけません。「本気を出してきた」と思って腹に力を入れ、全力で読み込む姿勢を身につけてほしいところです。
 文章の内容はごくシンプルであり、「軍艦島に到着するまでの経緯→ガイドの案内を聞きながら軍艦島を見学する→ガイドが締め括りの話をする→軍艦島に一度行ってみてほしいという筆者の言葉が記される」という流れになります。しかし、このように粗筋だけを追った読み方をすると行間に滲んでいる筆者の内面が全て零れ落ちてしまい、答案の完成度を下げる結果となります。ここは少し細部を見てみましょう。
 取り上げてみたいのは、中盤辺りに出てくる「重役の居住区から眺める長崎の夜景は、今と同じく星空のように美しかったろうか」という文です。この部分で筆者は当時の重役達に対してどんな感情を持ったのか明確には語っていません。しかし、その次の段落で「炭鉱に働く人とその家族が住んでいたのは、沖を望む海側だったようだ」と述べていることに着目すると、「重役→美しい夜景が見られた」⇔「労働者→夜は真っ暗な海を眺めるだけ」という構図が提示されていることがわかり、重役達に対して筆者がネガティブな気持ちを抱いたことが推測されます(もっと言うなら、住む場所によって夜景を見られたかどうかという差が出ることに目をつける筆者の慧眼に感嘆しますが、そこは一旦置いておきます)。まさに大人向けの書き方で組み上げられた文章であり、背後に隠れた言語化されていない心理を感じ取りながら読み進める姿勢があるかどうかが読み取りの質を左右します。
 さて、ここまで来ると気づくことがあります。すなわち、「要点把握だけで答案を作らせない」という灘中の狙いが大問二には潜んでいるのではないかということです。灘中と言えば要点をとらえる読みを求めるというのが1つの定番ですが、当然それだけの学校ではありません。大問二のセレクトは要点把握というパターンから逸脱しているところがあり、行間や表現を掘り下げて読み取る視点を要求していると考えられます。
 実際、問二~問五の記述は全て本文利用がほぼ通用しないようになっており、傍線部に含まれる表現を具体化したり、手がかりになる文/セリフを適切に言いかえたりして答えを作る形になっています。本文を利用すればそれなりに対処できる記述が多かった大問一と比較すると、自分の言葉を総動員することが求められるという点ではほとんど別世界です。2024年度は大問二こそがまさに受験生にとっての「鬼門」だったに違いありません。
 なお、問二~問五で最も手強いのは問五です。問五は一行解答欄の記述であり、見た目はそれほど難しそうではありません。しかしながら、「短い=簡単」という経験則は灘中においてはまるで当てはまりませんので慎重に考えたいところです。この問いのポイントは「変化」にあり、そこに気づけるかどうかが最大の分岐点です。ガイドが締め括りの言葉を語る前、筆者が軍艦島の様子をどのように表現していたかを確かめ、それが180度変わったということだろうと見当をつけると、「かつて確かに人々がそこに生きていた」「生々しい生活のあとが感じられる」等の答えを思いつける可能性が出てきます。
 大問二は「短い=簡単」という単純な思い込みをせず、大人の感性を理解しながら文章を読める受験生が勝者となるように設計してあります。これこそ灘中ならではの出題であり、他の学校には見られない特徴がいかんなく発揮された良問です。

大問三 細見和之「夜の舟」
 灘中の詩は、時折新機軸で受験生の意表を突いてくるところがあります。2024年度は果たしてどんなことをしてくるのかと若干はらはらするところもありましたが、ふたを開けてみると幸いにも出題テーマは定番の範囲に収まっていました。
 今回の詩は「夜中に急に起きてしまった二歳の娘を寝かしつける母(妻)の様子」が描かれており、「子育ての苦労」がテーマとなっています。「子育て」を主軸にした詩を灘中は2013年にも出しており、その時に中心に据えられていたのは「言葉をどんどん獲得していく幼い子どもとそれを喜ぶ母親の姿」でした。2013年の出題が「子育ての喜び」をテーマとしていると考えると、2024年度の詩はそのプラス/マイナスを反転させたものという受け取り方ができます。そういう意味で言えば過去の出題の派生形という考え方ができるため、過去問等で訓練を重ねていた受験生であればさほど困らずに読めたはずです。
 ところで、設問については問一が気になります。娘が連発する「タウ」が何を意味しているのかという問いですが、これはもしかしたら「ちゃう」なのではないかと思われます。作者の細見和之氏は兵庫県出身で京都大学の教授です。そうなると関西弁である「ちゃう」を詩に織り込んでいると考えても不自然ではなく、関西圏の受験生ならば「タウ=ちゃう=ちがう」という連想もそれほど難しくなかったかもしれません。ここで思い出すのは、1日目の大問五の3です。この問いは「夫婦(めおと)漫才」という言葉に日常の中で触れたことのある確率が高い関西圏の受験生が、ほんの少し有利だったように感じられます。同じような出題が2日目にもあったとするならば、何やらその裏に灘中の際どい計算が働いているように思えてなりません。 
 面白そうなので都道府県別の合格率を調べてみました。
 2023年度の東京都、神奈川県、愛知県の合格率はそれぞれ51.09%、40.54%、27.69%であり、大阪府、兵庫県の合格率は30.41%、46.01%でした。それに対して、2024年度の東京都、神奈川県、愛知県の合格率はそれぞれ41.44%、37.50%、21.67%、大阪府、兵庫県の合格率は38.85%、42.17%です。数字で見ると兵庫県の合格率が少し落ちていますので、データだけでは何とも言いがたいところがあります。それに、わずか2問がそれほど大きな影響を与えるのだろうかという疑問も残ります。しかし、僅差での競り合いとなる灘中ならば、2問の差が劇的な違いを生んだとしてもおかしくありません。さてはもしかしてとつい妄想が膨らんでしまうところですが、いずれにしろ確定的な根拠がないので断定は避けておきたいと思います。
 話を戻しますと、設問の構成は昨年と同様に「多段ロケット方式」になっています。得点のカギを握っているのは問一~問四であり、ここで点数を確保しておかないと合格点まで手が届かなくなってしまいます。特に注目したいのは問二、問三です。どちらも心情理解が絡んだ問いになっている点を押さえておきましょう。灘中は物語文をほとんど出題しない代わりに、心情を読み取る力を詩で試してくることがしばしばあります。そういう観点からすると、「物語文はほぼ出題されない=物語文の訓練はあまりしなくていい」は大きな誤解と考えるべきです。普段からふんだんに物語文に親しみ、詩をストーリーのようにとらえて読みこなす姿勢を体得しておく方が確実に有利ですので、大いに訓練に励んで下さい。
 なお、問五と問六は少し手強いところがありますので、詳しく触れておきます。ポイントは詩の中で描かれている状況のとらえ方なのですが、問題は「妻は一睡もできないままに朝を迎えたのかどうか」というところです。実は詩ではその辺りが若干曖昧になっており、受験生によっては迷ってしまったかもしれません。「子育ての苦労」がテーマとするならば、結局眠れないままになってしまったという読み方をしても問題なさそうです。ただ、「一睡もできなかった」を前提とした場合と、「少しでも眠ることができた」を前提とした場合では、問五、問六の答え方が異なってきます。例えば、傍線部4の「舟」が「舟をこぐ」の「舟」を踏まえているとしたら、「ようやく娘を寝かしつける→少し眠る余裕ができたので妻がうつらうつらしていた」という読み方も可能になります。そうすると、傍線部5は「妻が目を覚まそうとしている様子」を表現しているとも読み取れてくるというわけです。詩人は言葉にこだわり、言葉の「膨らみ」を使いこなす達人でもありますので、「舟」に複合的なニュアンスを込めていたとしても全くおかしくはないのです。
 灘中がどちらの読み方を採用して模範解答を作り上げているかは、残念ながら不明です(ここは各塾、各出版社でも解答が分かれるところと思われます)。一番ありそうなのは、どちらの解答も用意していてそれぞれについて点数を与えるというやり方です。この辺りは大問一と同様に、2023年度の詩の出題を彷彿とさせます。少し違うのは「可能性の宙づり状態」から踏み出し、敢えて選び取って書く姿勢を試そうとしているように感じられる点です。ただ、その踏み出しはささやかで慎重なものでなくてはなりません。繊細なガラスを踏み抜くような勢いのある言いきりは多分求められておらず、こうなのかもという迷いと落ち着きのある一歩を期待しているように感じられてなりません(そう思うのは、今回の詩自体がそのような姿勢の上に立っていると見られるからです)。もしかすると、決めつけすぎずに適度な加減をしながら書き上げた答案に最も高い評価を与えているのではないでしょうか。
 灘中対策においては、「灘中が求める人物像を知る→それに合わせた答案づくりを意識する」が合否を決める大きな要素であると考えておいて下さい。

【入試分析】灘中 2024年 国語 1日目
受験国語指導室ピクセルスタディ岡本教室について(開室のあいさつ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?