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怪談・百物語

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私の書いた百物語 Youtubeで創作配信しています。 よければ遊びに来てください。 一緒に百物語を作りましょう。
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2021年12月の記事一覧

怪談百物語#34 時計塔

家庭科の授業中、課題の刺繍をチクチクと縫い進めていた。 適当に縫っても内申点にそれほど影響はない。 手元から目を離して退屈を縫い留めていく。  「危ないよ、ちゃんと見て縫いなって。」 友人から何度目かの注意を受ける。 一時間、真面目にやってるのはあんただけだよ、ため息をつく。  「これができたからって何にもならないよ。意味ないからやめたい。」 手を止めて話題を返す。 この家庭科室から西向きに窓がある。 そこからは4階建ての校舎よりも高い、学校自慢の時計塔が見える。 高さに見合

怪談百物語#35 マニキュア

未開封のマニキュアを拾った。 普段使わない真っ赤な色味。  「派手過ぎるんだよなあ。」 仕事から帰ってきて夕食後、試しに塗ってみる。 賑やかしにつけたテレビはいつもと同じように笑っている。 天井のライトに手をかざす。 瓶越しに見えた色と同じ真っ赤なマニキュア。 てらてらとライトを反射して輝いている。 職場では透明、遊びに行くときでもピンクしか使ったことがない。 無難が何より好き。  「あれ。全然落ちない。」 特殊な塗料を使っているのか、水やお湯じゃ溶けないし剥がれない。 仕方

怪談百物語#36 夏合宿

サークルで開催した夏合宿の映像を編集していた。 担当は二年生の俺と同期の女の子二人。 三人でやるには量が多い。 四六時中撮ってた先輩の多いこと多いこと。 6人分の6本のデータ、合計40時間以上の映像が手元にある。  「どうしよっか、これ。とりあえず2本ずつ担当決める?」 ――良い場面があれば編集して送れよ。 趣味の悪いバカな先輩が、海で遊ぶサークルメンバーばかり映ったデータを渡してきた。 これは俺の担当に決定だ。 1番長いデータを自分のノートPCへ送る。 面倒くさい。 残り

怪談百物語#37 数珠

法事で実家に帰った時の話だ。 実家は鳥取で、新幹線で東京から日帰りで里帰りするつもりだった。 ところが父に引き留められ急遽一泊して帰ることになった。 父はえらく喜んで夕食は私の好物が並んだ。 父子家庭で育った私には懐かしい料理ばかりだ。 から揚げに始まりハンバーグやカレー。 茶色一色の食卓。 妻の作る料理とちがって味が濃い、それが私の心を溶かした。  「よう食べたな。酒はどうだ、東京じゃ飲めないのを買ってあるんだ。」  「いただくよ父さん。家じゃ妻が許してくれなくてさ。」  

怪談百物語#38 寝言

最近、歳のせいか同僚に口が臭いと言われる。 特に朝は酷いらしい。 歯科に通い相談すると、乾燥が口臭の原因かもしれないと言われた。 いびきをかいているんじゃないかといわれ、とあるアプリを紹介された。 寝ている間に立てる音を録音してくれるアプリらしい。 早速インストールして眠りにつく。 カラカラの口で起床する。 電気ケトルでお湯を沸かしながらアプリを再生する。  「しにたくない、しにたくない。」 一晩中呟く自分の声がはっきりと録音されていた。

怪談百物語#39 髪結い

小さい頃はよく髪を結ってもらっていた。 母や祖母に暇があればいつもおねだりしていた。 みつあみだったりポニーテールだったり。 色んな髪型になる自分の姿が面白かった。 結い終わると決まって三面鏡の前でポーズを取る。 祖母の結納と共にうちにきたらしい鏡。 いろんな角度から見られてとても楽しかった。 祖母も母も亡くなり、私は隣の県に引っ越した。 千葉の隅っこは田舎っぽくて住みやすい。 うるさい都会から少し離れて心を休める。 今は紙を結ってくれる相手もいない。 祖母の遺品である三面

怪談百物語#40 見ると踊ってる

私は霊が見えます。 冗談だと思われますか? あなたのご両親、すでに亡くなられているでしょう? え? 違いましたか。 すみません。 あなたの後ろにいるお二人があまりにあなたそっくりだったもので。 先ほどは失礼しました。 話を戻しますが、私は霊が見えるんです。 ええ、死んだ人とか動物とかそのあたりです。 たまに変なものも見えますが。 そうですね。 大体は霊が変異したものが多いんですけど。 ありますね。 違うものも、たまにですけれど。 例えばですか。 そうですね。 例えば、ほ

怪談百物語#41 もうだめです

飲みに行って帰りが遅くなった。 妻への言い訳もネタが尽きてしまって、どうしようか悩みながらコンビニで時間をつぶす。 こんなことしている場合じゃないが帰りたくない。 どうせ怒られるんだろう。このままコンビニに住ませてくれないか。 ご機嫌取りのためにゼリーとプリン、好きなアイスをかごに入れてレジへ。  「あ、ポイントおねがいします。」 酔いのまわった頭でもポイントは逃せない。 付けなきゃまた怒られる。 レシートを捨てて証拠隠滅しようにも、現物を渡すんだから意味がない。 コンビ

怪談百物語#42 押し入れ

週末、ようやく時間ができたので押し入れから冬服を出した。 結構なスペースができた。 良い機会なので整理をしようと全部引っ張り出してみると、奥から見覚えのない箱が顔を出していた。  「みつかっちゃった。」 顔が箱に引っ込むのを見た僕は、出した荷物を全てつっこんで押し入れを閉めた。 春まで開けることはないだろう。

怪談百物語#43 合言葉

最近息子が変な遊びを覚えた。 居間にあるテーブルの上に俺達の寝室から毛布を持ってきてかぶせて遊ぶ。 息子いわく、秘密基地ごっこらしい。 私も子どものころ似たようなことをやったな。 小さな空間がなんだか特別な感じがするんだよ。 お菓子や懐中電灯を持って探検家ごっこ。 そういえば、非常袋を買い忘れていたのを思い出した。 最近地震が多いから気を付けないとな。 今日は早く仕事が終わった。  「ただいま。」 玄関を開けると良いにおいが漂っていた。 今日はカレーか。 妻はキッチンで料理

怪談百物語#44 歯ブラシスタンド

忙しい朝、いつものように急いでご飯を胃に詰め込む。 起きる時間を早くすればいいのだがどうにも朝は弱い。 目が覚めてもグジグジと布団から出ずに微睡みを味わっていた。 その後始末をするのが今の私だ。 食器を水に浸けて洗濯物が洗い終わるのを待つ。 その間にワイパーで床を拭いてまわる。 これは別に今やらなくてもいいけれど、忙しいと無駄なことでもついやってしまう。 洗濯物を干しながらテレビの天気予報をチラ見。 雨なら部屋に干したまま、晴れならベランダに出したい。 やった。 今日は晴れ

怪談百物語#45 卵 注意:私は嫌いな話です

仕事が終わり、家で夕飯の牛丼を食べながらテレビを見ていた。 今見ているのは雑学の番組。 様々な分野のためになるのか微妙な雑学が次々に流れる。  「へえ、ウズラの卵って孵るんだな。」 一人暮らしを十年も続けていると、独り言にもなれたものだ。 テレビと会話だってできる。  『受精卵なんで、親鳥のお腹の下と同じ温度と湿度を保てば十七日程度で孵るんですよ。』  「はあ。」 寂しい一人暮らし、潤いが欲しい。 なんてわけじゃない。 ただ生まれるならやってみるか。 そんな軽い気持ちで、ネッ

怪談百物語#46 山

子どもの頃、じいちゃんと山に行った時の話だ。 タケノコを取りに行くじいちゃんについて山に登った。 獣道すらない竹山を軽々と登っていく爺ちゃんの背中を追いかけるのは大変だった。 時々立ち止まって振り向いてくれるのはいい。 でもタケノコが見つかれば掘って、掘ったら探しに歩き回ってと休む間がない。 それにいつからか後ろをついてくる奴がいる。 じいちゃんも気付いているのだろうか。 振り向くたびに僕よりも後ろを見て、それから僕の方に視線を向ける。 怖くて僕は振り向けない。 すごいなじ

怪談百物語#47 部室

休日、エアコンの効いた部屋でゆっくりしていると、突然ドアを叩く音が響いた。  「おーい、居るんだろ。開けてくれよ。おーい。」 友人の声がドア向こうから聞こえてくる。 ヘッドホンの音量を上げて虫を決め込む。 メタルバンドのドラムよりもドアを叩く音は大きくなる。 ドアは強く揺れている。  「-い。開けろ。開けてくれよ。おーい。」 同じようなセリフが何度も、ドアを叩く音の合間に聞こえる。 荒げているわけでもないのにやけに鮮明な声。 足の震えを抑え、歯を食いしばって勉強机に向かう。