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怪談百物語#35 マニキュア

未開封のマニキュアを拾った。
普段使わない真っ赤な色味。
 「派手過ぎるんだよなあ。」
仕事から帰ってきて夕食後、試しに塗ってみる。
賑やかしにつけたテレビはいつもと同じように笑っている。
天井のライトに手をかざす。
瓶越しに見えた色と同じ真っ赤なマニキュア。
てらてらとライトを反射して輝いている。
職場では透明、遊びに行くときでもピンクしか使ったことがない。
無難が何より好き。
 「あれ。全然落ちない。」
特殊な塗料を使っているのか、水やお湯じゃ溶けないし剥がれない。
仕方なく除光液を使う。
手が荒れるから嫌い。
マニキュアは綺麗に落ちた、はず。
爪に赤い色が染み込んでいるのか、普段より赤く見える。
最悪。
拾ったマニキュアは蓋も閉めずに即ゴミ箱行き。
そんなだから捨てられるんだよ。
次に会うときは明るくなって出直しな。
アレルギー気味のティッシュに囲まれて捨てられた瓶。
ドロリと零れてティッシュを赤く染めた。


 ――ジャー、ジャー
シャワーを浴びて一日の疲れを取ろう。
浴室は冷え切っているので、入る前にお湯を流して温めておく。
パジャマや下着、入浴の準備をしていると浴室の音に違和感を覚えた。
 ――ジャー、びちゃ、ジャー
シャワーを浴びる音に聞こえる。
悪寒が走る。
浴びないにしろシャワーは止めなければいけない。
浴室に向かう前にテレビの音量を上げる。
少しでも気を紛らわせるために。
 ――キュッ
浴室の前に着くとシャワーをとめる音がした。
出てくる。
一旦リビングに戻り、毛布をかぶって様子を見る。
うるさいほど上げたテレビの音量が無音に感じるほど心細い。
 ――ガチャ
リビングのドアが開く。
ヒタ、ヒタと何かの歩く音がする。
しばらく毛布にくるまっていると音がしなくなった。
テレビからは相変わらず笑い声が聞こえている。
おそるおそる毛布から顔を半分出して、部屋を覗き見る。
赤い足跡が部屋中に残っていた。
ドアからテーブルの周り。
リビングからつながるキッチン、食器棚、テレビの前へ。
そしてゴミ箱の傍で足跡は消えていた。
覗き込むと赤く染まるティッシュだけがそこにあった。


夜、寝ていると痛みに目が覚めた。
寝汗だろうか。
指先がぬるぬるする。
指の背で目をこすりながらベッドから降りる。
 ヒタ、ヒタ。
冬用のモコモコスリッパを履いて、ライトをつけに行く。
 「何これ。血?」
指先が赤く染まっていた。
爪からマニキュアが溶け出たなんて間の抜けたことを考える。
 ヒタ、ヒタ。
キッチンへ行き手を洗う。
お湯で洗い流すとよく見えた。
手指の爪がすべてなくない。
 「は?」
 ヒタ、ヒタ。
足音が聞こえる。
モコモコのスリッパは足音が鳴らないことを思い出す。
そっ、と
後ろから赤いマニキュアをした手が私の手を、包み込むように差し出された。


目が覚めるとベッドの上。
爪はあるし、布団に赤い染みは一つもなかった。
 「夢?」
焦った。
重ねられた手、生暖かい指は現実離れして湿気ていた。
思い出すとぬるっとした感触が蘇る。
夢と同じモコモコスリッパを履いてキッチンに向かう。
お湯でしっかりと洗い流してリビングへ。


どこからが夢だったのか。
床には汚れ一つなく、ソファーの上には毛布がくしゃくしゃに置かれていた。
つけっぱなしだったテレビのチャンネルを変えて、朝のニュースを流す。
行けもしない東京のお店の紹介が流れる。
朝食の支度。
ムズムズとするのでリビングへティッシュを取りに戻る。
アレルギーの残骸をゴミ箱へ捨てに行く。
赤く染まるゴミ箱の中、一番上にあるはずの瓶が見当たらない。
 ヒタ、ヒタ。
足音が聞こえた気がした

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