見出し画像

怪談百物語#37 数珠

法事で実家に帰った時の話だ。
実家は鳥取で、新幹線で東京から日帰りで里帰りするつもりだった。
ところが父に引き留められ急遽一泊して帰ることになった。
父はえらく喜んで夕食は私の好物が並んだ。
父子家庭で育った私には懐かしい料理ばかりだ。
から揚げに始まりハンバーグやカレー。
茶色一色の食卓。
妻の作る料理とちがって味が濃い、それが私の心を溶かした。
 「よう食べたな。酒はどうだ、東京じゃ飲めないのを買ってあるんだ。」
 「いただくよ父さん。家じゃ妻が許してくれなくてさ。」
 「なんつー鬼嫁だ。酒ぐらいほら、グイッといけ。飲み溜めして帰るといい。」
 「そうするよ。ホラ、父さんも一杯。いい飲みっぷりだね。負けてられないよ。」

競うように一升瓶を注ぎ合い、あっという間に空けてしまう。
父も一人で酒を飲む気にはならなかったようで、普段は飲まないと話してくれた。
 「二人だと止まらないんだがな。どうにも一人じゃ気がのらなくて。」
酔いが回り、その日は親子で雑魚寝した。

幼少期を思い出す。
居間で寝ている二人をご飯ができたと起こす母。
眠たそうな顔が一瞬で輝かせる私達を、呆れと笑みが混ざった瞳で見つめる姿。
私も今では父になった。
あの時食べた母の料理はもう思い出せないが、きっと父の料理より上手だったのだろうと思う。
すまない父さん。
好物だったけど、今じゃあの料理は少し重いんだ。

胸やけで目を覚ました。
白湯を飲むために、父を踏んで起こさないよう慎重に台所へ向かう。
やかんがこつこつと沸いてくる。もういいか。
湯呑に入れて冷ます間、母の顔が見たくなり仏間に足を向けた。
座布団に座り、おりんや線香は使わずに手を合わせる。
母さんも父さんと似て優しく、いつも笑顔が絶えない人だった。
怒るときも私が落ち込まないように、いつも最後は笑って「次は気を付けるんだよ。」と元気づけてくれた。
そういえば父さんの数珠は母さんからのプレゼントだと聞いたことがある。
知人のお葬式に忘れた父のために、母が急いで買っていったものらしい。
それでも父は大事にして、今回の法事でも使っていた。
この仏壇に置いているんだよな。
父の思い入れのある数珠を一目見たくなった私は、仏壇の引き出しを開けた。
引き出しは大量の塩で埋められていた。
その上に見覚えのある数珠が置かれている。
何だか気味が悪くなり、引き出しを閉じた後は外で朝まで時間をつぶした。

同級生の家族がやっているという豆腐屋が開くころ家に帰った。
父は起きて朝食の準備をしてくれていた。
 「おかえり、おはよう。どこに行ってたんだ?そこら辺、あんまり変わりなかっただろう。」
笑顔で迎えてくれた父に、あいまいな返事しかできなかった。
あの引き出しは気をつかってのものなのか、何か別の理由があってああしているのか。
聞きたかったが聞けないまま、朝食をいただいた。
駅まで車で送ってくれた父に車窓越しに手を振る。
あと何度、父の顔を見られるのだろうか。
無性に胸が詰まって涙がこぼれた。
父さん、母さんと何があったんだよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?