見出し画像

怪談百物語#43 合言葉

最近息子が変な遊びを覚えた。
居間にあるテーブルの上に俺達の寝室から毛布を持ってきてかぶせて遊ぶ。
息子いわく、秘密基地ごっこらしい。
私も子どものころ似たようなことをやったな。
小さな空間がなんだか特別な感じがするんだよ。
お菓子や懐中電灯を持って探検家ごっこ。
そういえば、非常袋を買い忘れていたのを思い出した。
最近地震が多いから気を付けないとな。

今日は早く仕事が終わった。
 「ただいま。」
玄関を開けると良いにおいが漂っていた。
今日はカレーか。
妻はキッチンで料理に集中しているらしく返事をしてくれない。
リビングに向かうと子が秘密基地を作っていた。
夕飯まで久しぶりに一緒に遊ぶか、テントに近づいて声をかけた。
 「なあ、父さんも中に入れてくれないか?」
私が入るとかなり小さいが、こういうのは気持ちが大切なんだ。
一緒に遊ぼうという気持ちが。
 「あいことばはー?」
毛布越しにくぐもった声が聞こえる。
 「合言葉は忘れちゃったなあ。何とか中に入れてくれないかな?」
優しい息子のことだ、きっと「いいよぉ。」ほらな。
親馬鹿じゃないがうちの子は本当に優しいんだ。
毛布を持ち上げようとしたとき。
 「ただいま。あらあなた、帰ってたのね。」
 「ただいまー!」

妻と息子が帰ってきた。
カレーに入れるルーが足りなかったらしく、コンロの火を消して近所のコンビニへ買いに行っていたそうだ。
 「甘口カレーは良いけど薄口カレーは嫌でしょ。」
笑いながら話す妻の横をすり抜けて、息子はリビングのソファーへ向かう。
お気に入りのソーセージを買ってもらったのか、嬉しそうにおまけのシールを取り出していた。
買い物袋を私に手渡すと、妻はリビングのテーブルにかかっている毛布をはがして寝室に持っていった。
私はテーブルの下を覗き込んだ。
何かがいるはずもなく、ソファーからぶら下がっている足が四本見えた。
目線を上げて息子を見る。
シールを手にどこへ貼ろうかとキョロキョロ見回していた。
 「こら、貼っちゃだめだぞ。」
とっさに注意をすると息子は少ししょげてしまった。
さっき毛布越しに聞こえた声。
テーブルの下から見えた四本の足。
秘密基地の中には誰かいるのだろうか。
息子の機嫌が良くなったら聞いてみようか。
カレーの匂いが濃くなってくる。
まずは夕食かな。
 「ご飯できたわよー。」
 「はーい、ぼくおさらはこぶ!」

まあいいか。
息子の遊びを邪魔することはない。
今、妻の下へ向かった笑顔が続いてくれるのなら。
それでいいさ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?