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コロンビアの魔女の家に招かれた話

コロンビアのとある山奥で、僕は途方に暮れていた。
寝泊まりする場所がないのだ。

僕は自転車で旅行をしていて、何時間ものぼり坂を進んできたのでヘトヘトだった。
空はまだ明るいが、今日はそろそろ休みたい。
キャンプできる場所か、できれば安ホテルを見つけたかった。
暗くなってから探したのでは遅い。夜盗がいつ現れるかわからないからだ。
中途半端な場所にテントを立てても危険なので、できればひと気のある場所で一夜を明かしたい。

険しい山道で、なんとか人のいる小さな集落(といっても家が何件か建っているだけだが)にたどり着いた。
だが残念なことに、テントを張っていいか聞いても全員がダメだと言う。
どうしても許可が下りず、その集落を後にするしかなくなった。

一番端の家を通り過ぎ、わきに熱帯の木々が生える山道へ踏み出そうとしたとき、そのおばあさんはこちらへやってきた。

「寝る場所を探しているのかい?」

僕はそうだと言うと、こちらへついておいでと道案内してくれる。
僕は警戒した。
以前別の国で同じようなことがあり、そのまま家にお邪魔したところ、荷物を盗まれたことがあったのだ。
何かあったらすぐに逃げよう。

おばあさんはゆっくりとした足取りで山道を進んでいく。
集落が少しずつ遠ざかる。
歩きながら、さっき野宿を断られた話をすると「なんて心の冷たい人たち!」と本気で怒っていた。
落ちているごみを吟味して拾いながら歩くおばあさんに、自転車を押しながらついていく。

そのまま数百メートルほど歩いたのちにわき道へと逸れ、道なき草むらをかき分けて進んだ。
そして着いたのは、ごみ屋敷のような小屋。
おそらく先ほどのように落ちているものをかき集めたのだろう。
家の中はどうなっているかわからないが、外まで物であふれていた。

家の前で撮らせてもらった写真。

おばあさんの指示に従って自転車を置き、椅子に座って休む。
朝からずっと動きつづけていたので、脚がパンパンになっている。
体も火照り、疲れ切っていた。

おばあさんは、日焼けと虫刺されでボロボロの僕の腕を見て、これは大変と手を引っ張った。
どうやら薬草を塗ってくれるらしい。
そこら辺に生えている葉っぱの中からいくつかを選んで摘み、水で絞ってから手の中ですり潰した。
そして消しカスのようにホロホロになった葉の屑と濃い緑の汁を腕全体にこすり付けた。

薬草として使った葉っぱ。背の高い植物だった。

日焼けで皮がめくれた肌に雑草でひたすのは不安だったが、丁寧に、けれどゴシゴシと力強く葉を擦ってくれるのは、とても心地がよかった。
かゆかった炎症が静まり、ひんやりしていて風に当たると涼しい。
夢心地でマッサージを受けつづける。
手からおばあさんの優しさが伝わってくるようだった。
今でも思い返すと、心がくすぐられる。

マッサージを受けた後。

薄暗くなってきたころ、食事に誘われた。
もう何をいただいたかは忘れてしまったが、スープのようなものだった気がする。
家の中で準備し、外の調理器具で温めているのを、椅子に座って待った。

そのままごちそうしてもらうのはなんだか申し訳なく思い、こちらもボロボロになったインスタント麺を差し出す。
おばあさんは手際よく調理し、ちょっと失敗して笑いあったりしながら一緒に分けて食べた。

調理中のおばあさん。

あたりはすっかり暗くなり、庭に案内してもらう。
どこからか持ってきた青いシートで僕の自転車をくるみ、つゆ避けとしてテントの上にも丁寧にかけてくれる。
そして、おやすみを言っておばあさんは家の中へ帰って行った。

ここまで、物を盗まれないか常に気を張っていたのだが、今回は平気なようだ。やさしい人でよかった。
一応テントの外の物音に耳を澄ましつつ、眠りについた。

翌日、おばあさんと昼頃まで話をして、そろそろというところでお別れを言う。
おばあさんは名残惜しそうにしてくれたが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
自転車を押して道路まで戻り、コンクリートの上を走る日常へと戻っていった。

お別れの前に一緒に写真を撮ってもらった。

今思い返すと、まるで魔女のようなおばあさんだった。
もしかしたら本当に魔法使いだったのかもしれない。
とても親切な魔法使いだった。


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