間違いなく実感を伴ってそれを感じました
こんにちは。
株式会社プロタゴワークスあかねです。
「プロタゴワークスがやってる哲学対話は、“哲学寄り”じゃなくて“対話寄り”だよね」
以前、ウチのオンライン哲学対話に参加してくれた人から言われた言葉が、それからずっと頭の中に残っています。
ウチの会社では、オンライン哲学対話を2020年4月から定期的に継続開催しています。
僕たちの知名度も影響力も全くありませんので、開始当初は、本当に少人数での開催でした。時には、申込者数が最少催行人数に達しないために中止にした事も何度かありました。あれから1年以上が経過して、ようやく中止になる事はなくなりましたが、まだまだ知名度も影響力も全然ありません。
ただ、オンラインという特徴のお陰もあって、参加者の皆さんの多様性がどんどん広がっています。日本全国のみならず、海外在住の方々が参加してくれています。
流行り病の前には、プロタゴワークスの所在地でもある群馬県高崎市の公共施設の一室を借りて開催していた「リアル哲学対話」でしたが、その頃は本当に申込者数が少なくて、予定して企画して場所を押さえて準備したはいいけれども、参加者がゼロなんて回も何度もありました。あの頃、リアルで参加してくれた方々には感謝の念しかありません。
そんな、群馬県高崎市のみで開催していた頃からは想像もしていなかった世界中への広がりを見せている(と敢えて言っておきます)プロタゴワークスの「オンライン哲学対話」ですが、開催している僕たち自身もずっと感じていましたし、参加者の方々からも以前も今も変わらず、よく言われている感想があります。
それは、「他のオンライン哲学対話には無い雰囲気がここはある」というモノです。
この感想は、参加者の方々に言ってもらえる事が多いんですが、この言葉を僕たちはとても肯定的に受け止めています。
ただ、「なぜ、他には無い雰囲気があると感じられているのか?」という「問い」については、僕たち自身もずっと不思議だったんです。
その「問い」に対して、幾つかの仮説は持ってはいましたし、その仮説が恐らくその通りなんだという確信もあるにはあるんですが、何と言うかピッタリしっくりくる感じがしないという感覚もあったんです。
その為、何となくモヤモヤする感じがあったんです。
ウチの哲学対話に参加してくれた皆さんにはお馴染みのフレーズでもあるこの「モヤモヤ」ですが、僕たち自身もこの「モヤモヤ」をお土産としていつもいただいているような感覚です。
そのモヤモヤが、なんと、今日、晴れました。
それをしてくれたのは、『感じるオープンダイアローグ(著:森川すいめい)』でした。
オープンダイアローグについては、僕たちが起業をした2019年に初めてその存在を知りました。
2019年4月は、僕たちが起業をしたタイミングであり、梶谷真司先生と哲学対話を知ったタイミングでもあり、哲学対話を組織開発に取り入れはじめたのはこのすぐ後でした。
対話というキーワードに惹かれ、2019年8月に出版された『開かれた対話と未来』を読んで、その本の出版記念イベントでもあった、梶谷真司先生と斎藤環先生の対談イベントの観覧の為に、仲間と一緒に群馬から代官山の蔦屋書店まで行って、両先生にお会いしたのを懐かしく思い出します(僕はミーハーなので斎藤先生のサインを本にもらう為に列に並びました)。
それから、哲学対話をずっと実践し続けながら、様々な形の対話を組織開発・人材開発に取り入れながら、社内でも対話を続けながら、オープンダイアローグの書籍も読みながら、ようやく『感じるオープンダイアローグ』を読み終えたタイミングが今日でした。
その結果、自分達が実施する哲学対話が「他とはなんか雰囲気が違う」と言われる理由と、「“哲学寄り”じゃなくて“対話寄り”だ」と言われる理由がやっとわかったんです。
森川すいめい先生の著書の言葉を借りるなら「対話を心がけている人」として、(梶谷先生の提唱する8つのルールでの)哲学対話を行っているからだったんだという事です。
僕たちにとって、「自分達が運営している哲学対話」についての意味はこんな風に考えています。
「哲学対話の“哲学”」については、“哲学的に考える”という意味です。いわゆる“哲学という学問”とか“哲学についての知識”などはほとんど考慮していません。僕たち自身も知りませんし、興味関心も結構薄目です。もっと広く開かれた意味合いでの“哲学”です。それこそ、ただ「考える」というだけの意味で捉えた方がしっくりくるんじゃないかなと思っています。梶谷先生の著書『考えるとはどういうことか』にあった「問う、考える、語る」がしっくりきます。
そして、「哲学対話の“対話”」については、そのまま“対話をする”という意味です。これは、「ただ人と話をする」というだけの意味では無く、「話をしている人の話をしっかり聴いて、自分の感じたことや考えたことを話す」というキャッチボールの事を言っています。森川先生の著書にあった「話すことと聞くことを分けて、それらを丁寧に重ねる為の工夫」がしっくりきます。
加えて、キャリアコンサルタントやキャリアカウンセラーとしての知識や技術や経験を根幹に持っている僕たちは、その大前提でもある「受容・共感・傾聴」を全てのベースにしたうえで、仕事の設計や構築や日常のコミュニケーションも行っているので、当然ながら、「自分達が運営している哲学対話」でもそれが根底に流れているのは間違いありません。
これらが、ずっとモヤモヤしていた「他とは違う雰囲気」だったり「対話寄り」だと言われる哲学対話の理由だったんだと明確にわかりました。
こうやってあらためて文字にして考えてみた事で、自分達の中では漠然として言葉にはならないけど「まあ、こんな感じかな」とイメージしていた「プロタゴワークスが運営する哲学対話」の独自性や強みというのがハッキリしてきたなと思えています。
それもこれも、これまで学んできた事や経験してきた事が、森川すいめい先生の『感じるオープンダイアローグ』を読んだ事によって、全てが一気に繋がったというのがとても大きいなと感じていて、まさに題名通りの「感じるオープンダイアローグ」だったなあと思っています。
ちなみに、僕は森川先生にはお会いした事はありません。あくまでも、本を読んだだけの一読者であり一ファンでした。
今、「でした」と書いたのは、『感じるオープンダイアローグ』を読み終えるまでの僕はそうだった、という意味で過去形にしています。
僕はとても思い込みの激しい人間です。
自分が心から「凄い」とか「素晴らしい」と思うと、すぐにその人を自分の「師匠」として認識します。もちろん、お会いした事があろうとなかろうとです。僕は勝手に「師匠」だと思い込んで、その人の言動から学ぼうとする事がありますし、実際にそういう人は何人も存在しています。
森川すいめい先生の『感じるオープンダイアローグ』を読み終えた僕は、師匠が一人増えてとても心強く感じていますし、この本に出会えて嬉しく感じています。
「対話」が持つ力の凄さが、こうやって素晴らしい先生たちの手で世の中に広まっていくと、ハッピーの総量がどんどん増えていくんだろうなと思うのでもっと広がっていって欲しいと思っていますし、自分達も「対話の実践者」として、もっともっと頑張っていかなければと気持ちが引き締まります。
「対話」って、マジすげーから一度試してみ?
そんな話がこの社会のそこら中でいつでも聞こえて来るような、そんな世の中になったらいいなあと、ずっとずっと考えています。
プロタゴワークスは「対話」の会社です。対話をベースに、人間関係を整えます。
あらためて、お見知りおきの程を。
あかね
株式会社プロタゴワークス
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