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「文系の学問と英語論文作成」について考える―ブックトークを通して―

 昨日、日本比較教育学会大会のブックトークで発表した。このセッションは、出版社の東信堂が企画したものであり、東信堂による司会で進行した。
 そもそもブックトークという学会発表自体が、おそらく教育学の関連学会では初めてに近い企画である。英語で言うと、book launchにあたり、出版した図書を紹介する(出版を喜ぶ意味も含まれる)のである。
 この趣旨について東信堂は「本ブックトークは、学会や研究会の機会に著者が自著を紹介し、学会員の出版意欲や読書意欲を高める行事として企画されています。著者が書籍の内容を紹介することのみに限らず、テーマの思い付きから執筆までの経緯や刊行から販売までを含めて出版活動全体を捉える場として、また、著者と読者、そして出版社の三者交流を深める場としてとてもいい機会であると考えております。」(東信堂「ブックトークセッションⅠ、 2022 年6 月25 日(土)11:30-12:30」日本比較教育学会大会配付資料より引用)と述べている。
 私は、東信堂より、図書コロナ禍の学校で「何が起こり、どう変わっ たのか」―現場のリアリティから未来の教育を描く―を出版予定であるため、お声がかかり登壇することになった。この図書は、著者の元へは、大会の2日前に到着したが、書店発売は2022年7月4日の予定である(コロナ禍の学校で「何が起こり、どう変わったのか」 | 佐藤 博志, 朝倉 雅史, 細田 眞由美, 佐藤 博志 |本 | 通販 | Amazon)。
 ブックトークでは、私を含む合計4名の発表者(つまり、4冊の図書)が紹介されていった。私以外の3名とその図書は次の通りである。
〇日下部達哉編著『イスラーム教育改革の国際比較』(2022 年2 月刊、A5 判224 頁本体2700円)
〇中田有紀『インドネシアのイスラーム基礎学習の組織的展開―学習テキストの創案と普及』(2022 年2 月刊行、A5 判256 頁本体3300 円)
〇森下稔・鴨川明子・市川桂編著『若手研究者必携 比較教育学のアカデミック・キャリア―比較教育学を学ぶ人の多様な生き方・働き方』(2021 年3 月刊行、A5 判208 頁本体2000円)
 このうち、日下部氏の図書は、イスラーム系の教育が世界でどのように変化し展開しているというものであった。私自身、イギリス(ロンドン)でイスラム系の児童生徒が多く通う学校で調査したことがあったため、興味を持った。
 後半のディスカッションは、殆ど時間がなかったが、期せずして、私の発言が論点の一つになった。すなわち、私が報告で述べた「教育学でも英語の論文を書く圧力が高まっている」という点に、日下部氏が共感し、対応を検討していると発言した。さらに、同氏は、東信堂に対して、「どのように対応しますか」と質問した。すると、東信堂の社長は、「自分の社から出版された本が英訳され海外出版社から刊行された例もある」と述べ、「さらなるグローバル化への対応」を示唆した。また、他の発表者における研究上の悩みや葛藤も、広い意味ではこの論点に通底しており、セッション全体の共通性が見いだされたといえよう。この点は、日下部氏が述べていたが、私も同様に感じていたところである。
 私が大学院生であった平成一桁代の時は、英語論文の発表など微塵にも促されなかった。それよりも、日本語の論文や図書を優先的に手掛けるべきとされていた。それが変化したのが、2010年代中葉であり、私自身も英語による研究成果の発表を模索した。しかし、簡単にはいかず、2019年にサバティカルをとり、メルボルン大学に客員研究員として滞在した。海外の大学で、英語による研究発表の方途やその基盤となる研究方法について学ぶためである。それが功を奏し、2020年以降英語の論文や図書をいくつか刊行できるようになった。だが、私自身、最初の一歩に過ぎず、その基盤が確立したとは言えない状況と考えている。
 文系の学問において英語論文作成の圧力が強まっている点は、国文学者の沼野氏が「国文学者が英語で論文を書く日」 https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/26/4/26_4_36/_pdf/-char/ja という論文を発表している。この論文はとても勉強になる内容である。一方、今後の教育学の、広くは文系の学問の姿には、不透明感がある。日本語の論文や図書は引き続き重要であるが、研究のグローバル化が浸透しているため、ある種のパラダイムシフトが起こっている。グローバル化、多様化、AIの台頭という動向の中で、学術研究もまた変化を余儀なくされている。個々の研究者も、それぞれの職場や研究分野の文脈において、このパラダイムシフトについて思索していることだろう。

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