ヒントは「専門性の尊重と協調」。規制産業におけるPRのこれから。
こんにちは。今回もBATジャパン(以下BAT)の高木玄貴さん、柴田香名さんとプラップジャパンの船津和隆さんとの対話をお届けします。
“新カテゴリー市場の啓発”をテーマとした前編に続き、後編では規制産業ならではのマーケティングやPRの工夫・ヒントを中心に語っていただきました。
<前編記事はこちらから>
——前編では、WEB動画シリーズ“オーラルたばこで肩身広く行こう!”の企画から制作・PRまでの一連の流れをお話いただきました。後編のスタートとして、本施策の実施を通じてお三方が特に印象に残っていることや意識されていたポイントについてお聞かせいただけますでしょうか。
柴田:前編でもお話があった通り、今回の施策では消費者の共感をいかに強化するかを重視していました。通常であればブランドの世界観や伝えたいことに重きを置いた広報になりますが、カテゴリー啓発という目的を踏まえ、あえてフォーカスしたいポイントに絞ったPRを意識していました。
高木:伝えたいことや目的を明確にするほど、マーケティングサイドでは「これをやったら面白いんじゃないか」というアイデアがたくさん生まれました。ただ、プラップさんや柴田の助言で非常に助かったのは、「これだと炎上のリスクがあるんじゃないですか」というインプットです。客観的な指摘がとてもありがたかったですね。
船津:お役に立てていたら嬉しいです。“アクセルとブレーキ”のかけ方にはかなり気を遣いました。
柴田:もちろん“アクセルとブレーキ”両面からインプットしていましたが、私の中ではかなり“アクセル”を踏み込んだ施策でした。その分、どうしたらオーラルたばこのベネフィットを効果的に伝えることができるか関係者で何度もストーリーを話し合いましたよね。ディスカッションが活発だったので、ミーティングが毎回楽しみでした。
船津:僕たちも毎回ワクワクしてミーティングに参加していました。個人的に印象に残っているのは、“喫煙者の周囲の人たち”を悪者にせずに“喫煙者自身が感じている肩身の狭さ”をどう伝えていくかというディスカッションです。
相手への気遣いが深いがゆえに、日常生活の中で肩身の狭い思いを感じていたり、ひょっとしたら我慢していることにすら気づいていないかもしれない。こんな発想から、今回の動画では喫煙者と非喫煙者を描く形で、非喫煙者に対しての理解やわかり合おうとする姿勢を示したいと考えていました。セリフはなくても目線や煙の量を調節したり、喫煙者自身が周囲へ配慮していることがはっきり分かるよう強調したりと、細かな点まで皆さんと相談し合ったことをよく覚えています。
高木:おっしゃる通り、喫煙者が自ら気付いて、周りに対して配慮していく構図の見せ方はこだわりましたよね。
船津:「喫煙者自らが“肩身が狭い”と感じている」「そんな喫煙者の選択肢としてオーラルたばこがある」というスタンスをプランニングの初期段階から関係者皆さんの共通認識として持てていたことはとても意味のあることだったと振り返っています。
——なるほど。最近のPRはターゲットではない人たちに対しても受け入れられるようなコミュニケーションが大前提になっていますし、炎上対策やリスク管理が重要になってきているということでもありますね。
船津:そうですね。直接的なターゲットではない方へのPRという話で言うと、パーパスをセットで考える必要性が強くなってきていると感じています。
BATさんの広報をお手伝いしている中で常々意識しているのは、企業パーパス「“A Better Tomorrow™ (より良い明日) ”を築く」です。BATさんは元々紙巻たばこを展開していて、より良い明日を築くための新たな選択肢として加熱式たばこやオーラルたばこがあります。パーパスにもとづくBATさんならではの強みをどう伝えていくかという点は、今回の施策でも関係者の皆さんと議論してきましたし、共感してもらうストーリーをつくる上では欠かせない視点でもあると捉えています。
たばこ製品のターゲットは当然喫煙者ですが、非喫煙者に対してのコミュニケーションについて、高木さんと柴田さんはどのようにお考えでしょうか。
高木:大前提として、私たちたばこメーカーが非喫煙者に対して喫煙を促進するコミュニケーションを行うことはしません。ただ今回の施策で実施したリサーチでは、あえて非喫煙者側の意識を聴取することで、非喫煙者のインサイトや非喫煙者から見た喫煙者像を理解することができました。
そのうえで、オーラルたばこというカテゴリーが非喫煙者に対してどの程度配慮できるものなのか、何をもって配慮となるのか、ということを明確な数値も含めて発信できたことは、非常によい点だったと考えています。
船津:今回の意識調査は、「BATはたばこを売るだけではなく、消費者や社会の人々とわかり合おうとする姿勢を持っています」という表明としても機能していると思います。一方的に「知ってください、吸ってください」と伝えるのではなく、非喫煙者も含めて歩み寄るという視点は今後も念頭に置いておきたいと僕らも改めて感じています。
柴田:高木が申した通り、たばこ製品のコミュニケーションでは喫煙促進をすることはNGです。とはいえ、PR活動を通じたパブリシティ記事や動画・SNSの反響を非喫煙者の方も目にする可能性があるので、細心の注意を払う必要があります。
今回の施策で特に気を付けていたのは、消費者それぞれの“好き”や“嫌だ”という気持ちを否定しないことでした。喫煙者の中でもオーラルたばこ以外に紙巻たばこ、加熱式たばこユーザーの方がいて、それぞれの“好き”を否定するようなコミュニケーションは、どこかで炎上してしまう可能性を孕んでいます。もちろん非喫煙者もいて、“嫌だ”と考える人たちも否定しないコミュニケーションが必要となっていく。難しいことではありますが、それぞれの立場に立ってチェックすることがPRとしては欠かせないと考えています。
船津:“好きな気持ち”と“嫌な気持ち”を否定しないという表現は素敵ですね。高木さんから「+(プラス)VELO」というコンセプトをインプットいただいたことを思い出します。
実は、本施策のプランニング時に「紙巻たばこのデメリットとなる部分を、オーラルたばこ“VELO”が改善していく」というストーリーの方向性も考えていたんです。けれども「+ VELO」は、「マイナスをゼロにする」のではなく、「ゼロをプラスにする」発想であると教えていただいて。なにかを否定するのではなく、新たな選択肢をプラスすることで、紙巻たばこや加熱式たばこ、非喫煙者をも否定しないというストーリーがBATさんならではの姿勢だと立ち戻ることができました。
——賛否が分かれるカテゴリーだからこそ、様々な視点で点検したり、関係者間で頻繁に目線合わせをすることが非常に重要になりますね。みなさんのお話にあった通り、たばこ産業のマーケティングやコミュニケーションには多くの制約がありますが、他にも工夫されていることはあるのでしょうか。
高木:たばこ業界の法令・規制はかなり多く、正直なところすべての項目を暗記することは難易度が高いです。しかし当社として、法令・規制内容を正しく理解し、遵守することが大前提にある。そこで、我々マーケティングサイドがコーポレートの法務担当部署としっかり連携することを重要視し、様々な企画の初期段階から法務メンバーにジョインしてもらう体制をとっています。
柴田:はい、マーケティングと法務メンバーそれぞれのメンバーが参画するチームとして、2021年に「マーケティング・レギュレーションズ・チーム」(以下MRチーム)が発足しました。高木が申したように法令・規制の遵守・理解という目的に加え、マーケティングプランのアップデートにいち早く対応するためのチームでもあります。
というのもMRチーム発足前は、“マーケティングチームで考案した企画が、法務確認を経て白紙となる”という残念な出来事が何度か起きていたんです。どの企業さんでも往々にして発生しがちな課題ではありますが、スピーディーな今の世の中でこのやり方を続けていてはなかなか通用しません。
高木:私のチームは、いわゆるアジャイル手法でプロジェクトに取り組んでいることもあって、早めに法務を巻き込んでおくことが本当に重要なんです。
実際、PRに関するプラップさんとの打ち合わせにはMRチームのメンバーが何度も参加しています。こうすることによって、MRチームも企画への理解が非常に深まりますし、お互いに意見を出しやすい環境をつくることもできます。
柴田:仮に対外発信できない企画が生まれたとき、MRチームのメンバーは「この企画はだめです」と頭からNGを出すことはなく、「これはだめだけれども、一方でこういったやり方もあります」と提案をしてくれます。マーケティングと法務が対立しているわけではまったくなく、まさにコラボレーションしているチームだと感じます。
——法務チームを企画の序盤から巻き込んでおく体制を敷いている事例は初めてお聞きしました。ヘルスケアや金融など規制の多い業界のマーケティングや広報職の方々にとっては、明日から使える方法論ですね。
柴田:ご参考になれば嬉しいです。もちろん広報は広報が、マーケはマーケがプロフェッショナルですし、高い専門性があります。また、法令・規制面は専門性のあるメンバーに確認してもらうのが一番です。自分の力を過信せず、いろんな人を頼ることが結果的によい仕事につながると考えています。
高木:マーケが面白いものを作ろうと頑張りすぎると途中で「意味がつながらない」なんていうことも出てきたりするんです。けれど、MRチームから冷静に「これちょっと意味わかんないですね」なんてことを言われることもあります。(笑)
こんな細かい話に限らず、異なる背景のメンバーがいることは企画にとって非常にプラスになるので、この環境はすごく重宝していますね。
船津:弊社としても、すごく仕事が進めやすいと思いました。リーガルチェックに時間がかかってしまう企業さんもありますが、議論の場に法務の方がいらっしゃることで、その場で迅速にお戻しいただけるだけでなく、次の議論に発展することができる。かなりありがたかったですね。
BATさんのカルチャーとして“社内を巻き込んで仕事を進めていく”というお考えが根付いているのでしょうか?
柴田:クロスファンクショナルな取り組みが評価されることは確かです。自分のチームだけで仕事をするよりは、他の部署と協調して仕事を進めていくことがよしとされますね。
高木:どんな仕事も自分たちの部署や自分のポジションだけで完結することはなく、複数の部署に協力してもらうことになります。どちらかというと、当社の働き方自体が小さなチームで動いて、各部門の専門性を持った人間が集まって、同時に展開していく形になっているのでカルチャーといえばカルチャーになっているかもしれないですね。
船津:なるほど。“社内外のステークホルダーの巻き込み力”がPRの仕事の役割であり、価値でもありますが、BATさんの社内ではこの考え方が自然と定着されているんだなとお話を聞いていて感じました。
——BATさんお二方のお言葉を借りると、“巻き込み力”は、“相手の専門性を尊重して、対立せずに協調していく力”とも言い換えられそうですね。この考え方はとても素敵ですし、規制産業に限らずどんな企業のヒントにもなると感じました。
高木:一つ思い出しましたが、『ロケットニュース24』のタイアップ記事は、オーラルたばこのベネフィットに言及しませんでしたよね。記事では徹底的に肩幅の広いスーツのことだけを書いています。(笑)
メディアタイアップは、製品やカテゴリーのいいところをどうしても訴求したくなりますし、初稿を拝見したときも実はその衝動に駆られました。けれども、記者さんの記事の書き方がとても面白くて。ロケットニュースさんの魅力を活かす形でお願いしたところ、よい反響をたくさんいただきました。メディアさんの特性を生かしたほうがよい結果につながると改めて思いましたね。
船津:それもある種の“巻き込み力”と言えそうですね。
タイアップ記事にがっつり手を入れてしまうと純広告のようになってしまいます。企業側の伝えたいことを書いてほしいというご意向ももちろんわかりますが、タイアップはあくまでもその媒体の記事として媒体の世界観を崩さずに掲載されるからこそ、読み手が納得しますし、行動を起こしやすくもなります。
記事ではあえて「肩幅スーツ」だけをロケットニュースさんのトンマナで真面目に語ることで、読み手に“つっこみどころ”を用意するとともに「AHA!チャンネル」を見てみたいと誘導することにもつながったと思います。
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ターゲットである喫煙者と、その周囲にいる非喫煙者。マーケティング・広報・法務と多様なチームのメンバー。取り組みを伝えるメディア。様々なステークホルダーの立場に立って、それぞれの専門性を尊重し、対話を重ねる過程はまさに、PR(パブリックリレーションズ)の考え方を象徴していると感じます。たばこ業界だけでなく、規制の多いヘルスケアや金融などのお仕事に従事する方にとっても大変示唆に富む対話でした。
高木さん、柴田さん、船津さん、前後編にわたり、充実したお話をありがとうございました。
次回は、サステナビリティの取り組みの策定から対外発信に至るまでを一貫して支援したプラップジャパンの事例をご紹介します。引き続きご覧いただけると嬉しいです。