トレーディングハッピーハロウィン その1
一.
おばあちゃんはこの時期になると、菓子を用意する。手作りのクッキー、飴や風船ガムなどの駄菓子。色とりどりを袋に詰める。
昔、まだ僕がここに住んでいた頃は、毎年十月に収穫祭をやっていた。子供みこしの行列が家の前を通っていくので、その際にお菓子を渡す。特にいたずらするぞと脅かされた覚えはないが、そうなっていた。神を模したという格好がちょっと仮装っぽいと言えなくもない。
勿論、僕にもくれる。後で余った分もくれる。楽しい秋の日。栗の木があり、落ちた実を持っていくと栗きんとんにしてくれる。
「ゆっくりして行きなさいね」
久しぶりに顔を出した祖母の家。僕はソファに寝転びくつろいでいた。
「仕事はどう」
台所から話しかけてくるおばあちゃん。ぼちぼちだと答えながら、側に行くと、何かを作っている。お菓子の生地だ。
「これ……?」
人が少なくなった、この家で食べるには多い量。
おばあちゃんはにこにこしてこちらを向く。
「そりゃ、あれだよ。お祭りのお菓子だよ」
家族の会話は代名詞がいっぱいだ。
「ん……そうなんだ」
一旦了解したが、間を置いて僕は疑問に感じた。
「あれ……、まだ作ってたんだ」
土地離れが進んでいるのはこの辺りも例外ではなかった。丘の上に建つ住宅地。いいところだけれど、ある程度大人になったら出ていく人が大半で、孫は他所で生まれることが多くなっているみたいだ。子供みこしができる程いるのだろうか、と。
ふふ、と笑うだけでおばあちゃんは何も言わない。僕は作業を手伝うことにした。
チョコチップが混ざった生地を絞って丸く広げる。クッキーだ。おばあちゃんが作るお菓子の中で、これが最も定番だった。
孫が言うのも何だが、素朴に甘くておいしく、さくっとしていて食べだしたら何個でもいける。魔性。
見ただけで、懐かしい。祖母の周りは時間が経たない。
二.
言われた通りにのんびりと、むしろぐだぐだと携帯ゲームで遊んだり、持ち込んだ小説を読んだりしている間に、
「あれ、もう?」
薄暮が迫っていた。
記憶では、子供みこしは日中、まだ陽が明るい時にやるものではなかったか、と思い返す。
ソファの上で腹ばいになったまま、顔だけ台所から出てきたおばあちゃんに向ける。さっきと同じで、うふふ、と笑うだけだ。
テーブルはクッキーだけでなく、様々なお菓子でいっぱいだ。鮮やかな包装紙に包まった棒付き飴が、取り分け賑やかに見える。
「夕飯の前にどけるから、ちょっとだけ置かせといてね」
祖母は手に載せていた皿を追加する。かぼちゃのパイだ。
とりあえず、翌日の朝にでもみこしは来るのだろうと自分を納得させる。
「あ、パンプキンパイだ。クッキーもいいけど、これが主役だよね」
僕が褒めると、祖母は切り分けた一欠片を食べてみないかと勧める。遠慮しないでいただいた。外はさくさく、中はほくほく、甘みが口に広がる。久しぶりだが、変わらない。
「たいちゃんは、シャケが好きだったよね」
目を細め、優しくおばあちゃんは僕に尋ねる。
「うん」
実際、鮭は好物だ。
「夜のおかずは、鮭の包み焼きにするから」
やった。想像するだけで、唾液が滲み出る。バターの効いた、まったり、ぷりっとしたシャケ。
僕はその間に子供みこしのことは忘れてしまった。それよりも鮭のバター包み焼きの方が心を惹くものだったから。想像した通り、いやそれ以上においしかった。親しんだ味だった。
三.
部屋に戻って休むことにした。
隅には、いつか使った恐竜の仮装。人気の王者、ティラノサウルスだ。何人かの友達とささやかなパーティ、もといおやつ会をしているところに突然現れ、喜ばせてくれた。中身は誰だったのか。
こうして見ると結構でかい。特に顔。元々そういう恐竜ではあるけど、それにしても。どんぐり眼で口を開け、恐いというより間が抜けている。
ベッドにぼふっと横になると、何もしたくなくなった。実は意外と疲れが溜まっていたみたいだ。
おばあちゃんの家に来る時は大体そう……
居間で、日差しを心地良く過ごした思い出しかない。そして食卓にはコーヒーとおやつがあって、ずっとこうだったらいいのにと思うのだ。
でも、そういう風にはいかない。季節が変わり慌しくして、次の秋が来てしまう。その時、僕がどうなのかは年による。
「外れかぁ」
菓子のおまけに入っていたカードが好みではなかった。駄々をこねるわけにはいかないが、惜しくてしつこく言い続けていると、確か、近所の子がすっと出て、
「交換してあげるよ」
と、その場でカードを自分のと取り替えてくれた。ありがたいというより申し訳なかった。
そんな記憶があるような無いような……小学校低学年くらいのことだと思うが。
あれも誰だったのか。
ふと気付くと、部屋の中が暗くなっていた。窓の外も。おばあちゃんが電気を消してくれたのか。時計の針を見る。午前一時半頃。真夜中だ。
うとうとまどろみながらも起きているつもりだったのだが、いつの間にか寝入っていたようだ。
気だるい……
口が渇くので、飲み物を取りに行きたいが、階下なので億劫だ。しばらくぐずぐずしてからようやく起き上がった。
冷蔵庫の中には、林檎ジュースと牛乳が入っている。常備されているそれは、自由に出して飲んでいいことになっていた。この家の決まり。
四.
階段も廊下も、暗い。早寝早起きのおばあちゃんは、自分の部屋でいつも通り眠っているだろう。車の通りも無く、静かだ。それを特に怖いと思ったことはないのだが。
「ひー、ひょろひょろ……」
耳にか細い音が、かすかに入ってくる。風の響きかと思った。しかし、確かにそれとは違う、節回しを持った曲に聞こえる。
(お囃子……?)
不意にその単語が浮かんでくる。
ぽこぽこと太鼓の音。かんかんと鐘の音。合間にそれすらあるような。でも、あやふやだ。掴めない。
もしも日中に聞いたなら、とても楽しく賑やかで、気分も上がるかもしれないそれは、反転して今は、不気味だった。
(気のせい、だろう)
自分に言い聞かせて前に進む。何があるというわけでもない。それにもしかしたら、仮にお囃子でも、練習とか夜の部とかあるのかもしれないし。
足音を立てないように廊下を歩いていると、一種、自分がお化けかのような倒錯した気もしてくる。
「実にその通りで、現世と幽世がところどころ入れ替わっているんだよ。元々、境など有って無いのだから」
頭の中にそういう文章、いや声が浮かんだ。
(え?)
どことなくおばあちゃんに似た、しかし現実に発する者もないその声は、はっきり捉えたはずなのに、すぐに不明瞭に雲散霧消している。気のせい、これもそう。
きっと僕が慢性的な寝不足だからだ。
勝手知ったる、と我が物顔に居間に入っていく。遠慮はあるのだがわざとそう振る舞いたかった。
そして、電気を点ける。
何もない。台所も含めて整然としている。綺麗好きのおばあちゃんだ、抜かりはない。と、思ったら、お祭り用だと言った沢山のお菓子が、テーブルに並べてある。丁寧に小袋に入れられ、山のように。
「これ」
どうするんだと、口に出して続けて言いそうになった時、戸を叩く音と共に、
「ごめんください」
誰かが外からそう呼び掛けてきた。
「はい」
あまりに自然で、時刻を忘れて反応する。でもどこにいるのだろう。玄関は方向が違う。
とんとん。また、鳴らされた。
台所?そう思って用心しつつ向かう。とん、ともう一回。振動が伝わる。勝手口だ。そこの扉がノックされている。
「ん?」
変だ。何も勝手口から呼ばなくても、玄関があり、きちんと呼び鈴が付いている。そちらから来れば良い。
事情があるとか、知り合いの人なのか。
「ごめんください」
ためらっていると、別の方から同じ呼び声がした。
続きは下記リンクの記事にて.
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