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中編小説『二人』

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2022年6月の記事一覧

中編小説『二人』(3-2)

中編小説『二人』(3-2)

 今日も隣の部屋の女がすすり泣いている。数日に一度は泣く。何をそれほど泣くことがあるのかと不思議に思う。私には泣くほど悲しいことがあるように思えなかった。こちらの生活音も漏れ聞こえているはずで、壁の薄さを気にせず泣ける自己愛の強さに呆れる。
 壁に指先を当てると、ひっかくようになぞる。続けて軽く指で叩く。壁の向こう側にも明らかに聞こえるように少しずつ強くしていく。最後には拳を作って、叩く。
「うる

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中編小説『二人』(3-1)

中編小説『二人』(3-1)

 二人しかいないのだから、片方が黙れば、もう片方も黙るしかなかった。口数の少ない日が続く。話しかけても反応は乏しい。遅れて頷きはするが声は発しない。カズキを連れて散歩に出ても、ファミリーレストランで食事をしていても黙り通す。切り替えのできない不器用さを哀れに思いながら、自責心の強さが独り善がりに思え、こちらの言葉が一向に響かぬことに苛立ちを覚える。これまでも塞ぎ込むことはあった。数日経てばぽつりぽ

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