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大丈夫会社をやめても生きていける

「仕事がつらい」
「仕事をやめたい」
「でも会社をやめたら生活できない、でも苦しい」

そんな人に向けて私は過去、1冊の本を書いている。


このnoteは、2020年の11月に行われた、文学フリマというイベントにて出していた本「大丈夫会社をやめても生きていける」のオンライン版である。

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イベント初参加にもかかわらず、こちらの本はありがたいことに完売。

買ってくれた人たちが、どうか少しでも快適に働き、自分らしい人生を生きてくれているよう願っている。


この本の販売当時、私はまだ会社員であったが、その会社もやめて今はフリーランスのライターをやっている。

大丈夫、生きている。


冒頭部分を無料で見られるので、参考の上、気になる方はぜひ続きも読んでみて欲しい。

なお、誤字脱字の修正やページリンクの追加など、noteで読みやすいよう編集している。

トータル3万文字を超えるボリューム。

一気に読むもよし。少しずつ読むもよし。目次のリンクから、途中に簡単に飛べるので、思い思いの方法で読み進めて欲しい。

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2022年1月、その後の私がどうなったかについてを追記した。追記部分は、あとがきのあとにある。

これにより100円値上げさせてもらった。

私のnoteには、いくつか有料のものがあるが、随時内容更新により値上げをしている。


なお、文学フリマで紙版を購入していただいた方も、ご連絡をいただければこの追記部分をお読みいただけるようによろこんで対応をする。

任意の手のポーズ(ピースとか親指たてるとか)と本の現物を一緒に撮った写真を送っていただく、などの手続きをとる予定だ。

まずは私のツイッターに、追記を読みたい旨、DMでも送って欲しい。

ちなみに、オタク御用達のBOOTHでも同じ値段で販売している。


はじめに

大丈夫だ、会社をやめても生きていける。

私は過去2回、会社をやめている。そして、いま勤めている会社も年内にやめる予定である。すでに上司への退職宣言も済ませており、現在最終出社日を調整中である。軽快なフットワークで会社をやめている。

会社やめたい。

イマドキの働く世代の会社員なら、だれもが一度は思ったことがあるのではないだろうか。ちなみに、私はこれまでの人生の中で「会社やめたい」と思ったことは一度どころか、はっきり言って一日に何十回と思ったことがあるレベル。

この本を手に取ったあなたも、きっと何か「会社をやめる」という日本語に心ひかれる部分があったことと思う。


私はあなたを応援している。

会社をやめた結果、人生がうまく行こうが失敗しようが、応援している。

勝負は時の運。勝った負けたや成功失敗は運の要素もある。不確定な未来に対して、自ら考え決断するということは素晴らしいことだ。

だから、たとえその結果、失敗しようがうまく行こうが、自ら決断をしたあなたの勇気をたたえ、私はあなたの人生を応援している。

もちろん私はあなたの人生に責任を持つことはできない。

「お前が会社やめても大丈夫って言ったからやめたのに、大丈夫じゃなかったぞ」という苦情は受け付けない。

もしご自身の人生の責任を私に追及するのであれば、あなたの問題は仕事がつらいことでも会社員が合わないことでもなく、自分で自分の人生に責任を持つ生き方ができていないことだ。


この本では、タイトルの通り「会社をやめても大丈夫」ということをお伝えしたい。

そのために私の過去3回分の退職の実体験をのせておいた。またそこから得られたいろんな知恵や発見も書いておいた。「今の自分から過去の自分に転職のために伝えたいこと」を書いている。あの時にこれを知っていたら…といった内容も多くある。

3回の転職の中で、私は徐々に自分の望んだ生き方に近づくことができた。また、「そもそもが自分には会社員という組織で働く生き方自体、向いていなかったな」と気づいた。確信に至るまでに私には3回の転職が必要だったのだと思う。

全部読むもよし、気になるところだけ読むもよし。

あなたの大事な人生の選択に、少しでも役立つ情報提供ができれば幸いである。


【公務員の時の話】 退職しようと思った理由

スタートは公務員だった。具体的にどんな仕事をしていたのかはちょっと伏せておくが、泊りの勤務もある心身ともに大変ハードな職種であったとだけ言っておく。少なくとも私にはハードだったし、今にして思えば向いていなかったんだと思う。

この仕事をやめようと思った理由はただ一つ。

このままでは死ぬと思った。

仕事がハードすぎて過労死するか、精神を病んで自殺すると思った。

いや本当にマジで。


定時退社(24時間遅れ)とか、当直明けからの日勤とか当たり前。必要があれば夜中の3時とかにも、お呼び出しの電話がかかってくる。

正規の勤務時間と残業時間が、おおよそ同じ。帰るのが日付を超えることも日常茶飯事。休みはなし。そんな働き方をしていた。

そんな職場なので、先輩や後輩にも体の病気を抱えている人は少なくなかった。

精神を病んでいく人も多い。

病気で若くして亡くなる人もいる。

自殺した後輩もいた。

仕事が嫌すぎて私はいつも通勤中に「仕事に支障はあるけど、命に支障はない事故に遭いたい」と思いながら出勤していた。

私は当時、職場近くの官舎に住んでいた。官舎から職場までは、自転車で通っていた。途中、横断歩道はあるが、見通しが悪く信号のない交差点があった。

私はいつもその交差点で、左右確認せずにチャリンコで突撃していた。

命に支障はないが、仕事に支障のある事故に遭いたいと思いながら。

なお、当時公務員なので定時は8:30から始業なのだが、クソクソブラック職場なので7時前には私はもう出勤していた。

上司が7時ちょっとすぎにはもう出勤してくるので、若手の私はそれよりも早くに出勤していなければならなかった。

そのため問題の交差点も朝早すぎて、車が来ることはなかった。そのおかげで、私は一度も事故に遭うことはなかった。


そしてある日気づいた。

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