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第11回ポプラズッコケ文学新人賞最終選考会に参加して──宮川健郎【児童書作家デビューへの扉#07】

新しい児童文学の書き手と出会い、こどもたちに新しいものがたりを届けたい……! 
そうした思いから作品募集を行っている「ポプラズッコケ文学新人賞」。2021年に募集した第11回は、193編の応募がありました。全作品を丁寧に読ませていただき、先日、大賞・編集部賞の受賞作品が決定いたしました。
(ポプラ社HPの結果発表ページは→こちら
最終選考会で、話された内容は? そして、受賞作品決定までの経過は? 選考会のもようを、特別選考委員をつとめていただいた児童文学研究者の宮川健郎さんに綴っていただきました。

宮川健郎(みやかわ・たけお)
1955年、東京都に生まれる。立教大学文学部日本文学科卒業。同大学院前期課程修了。児童文学研究者。武蔵野大学名誉教授、一般財団法人 大阪国際児童文学振興財団(IICLO)理事長、日本児童文学学会会長。
おもな著書に、『ズッコケ三人組の大研究』『ズッコケ三人組の大研究Ⅱ』『ズッコケ三人組の大研究ファイナル』(石井直人と共編著、ポプラ社)、『物語もっと深読み教室』(岩波ジュニア新書)、『みんなに知らせる(小学生のための文章レッスン)』(玉川大学出版部)など。「はじめて読む日本の名作絵どうわ」シリーズ(全6巻、岩崎書店)、『日本の文学者36人の肖像』(上下巻、あすなろ書房)など、児童向け書籍の編纂も数多く手がけている。

■那須正幹さんと「ズッコケ三人組」と私

 2021年7月22日、那須正幹さんが急逝されました。
 ポプラズッコケ文学新人賞は、『ズッコケ三人組』シリーズの作者、那須さんがひとりで特別選考委員をつとめてきました。ポプラ社は、那須さんの遺志をついで、賞をつづける決断をし、第11回の募集をはじめました。そして、急きょ、私が選考に参加することになったのです。

那須正幹さん
宮川健郎さん

 私は、『ズッコケ三人組の大研究 那須正幹研究読本』(ポプラ社、1990年)、『同Ⅱ』(2000年)、『同ファイナル』(2005年)の編者のひとりで、那須さんともポプラ社とも御縁がありますから、お手伝いすることにしましたけれども、那須さんと同じことができるはずはありません。
「今を生きる子どもたちが『お腹をかかえて、笑い、そして心から泣ける』エンターテインメント文学を全国から募集します。」――これが呼びかけのことばですが、この独自な賞の選考は、那須さんだからこそできたと思います。私は、10代の終わりころから、おもに日本の児童文学について考えることをはじめて、批評や研究論文なら数多く書いてきましたが、創作をしたことはありません。

 それでも、送っていただいた第二次選考通過作品5編は、とてもおもしろく読めました。私は、以前から、いろいろな公募の賞の選考にかかわってきましたが、いただいた5編は、これまであまり経験したことのない手ごたえを感じながら読みました。ほかの新人賞より長い原稿を求めていますから、その長さを書き切る力量があるのと、やはり、那須さんに読んでもらえるかもしれないというので、よい原稿が集まるにちがいありません。5編のどれが受賞することになっても、おかしくないとも思いました。

■最終選考会は本をつくる共同作業の第一歩

 最終選考会には、候補作品を楽しく読んだことだけを自分の頼りにして臨みました。外部からの参加は私ひとりですが、ポプラ社編集部の13人と同席しました(テレワークの数人はオンラインで)。そして、まず、候補の5編について、13人が意見を述べるのをずっと聞いたのです。選考のテーブルにはベテラン編集者も中堅も新人もいましたけれども、ひとりひとり、きちんと考えを語ってくれました。

最終選考会のようす

 文学作品は、日常とは別の世界です。私たち読者も、日常の自分をはなれて、主人公といっしょに、その世界を生きることになります。そこは、みんなが読者として作品世界をどう生きたかを語り合う場になりました。ちょうど大学の文学サークルのような雰囲気で、なごやかで、ずいぶん楽しかったのです。
 しかし、選考は、最終的には、ポプラ社から刊行する作品一つを見出さなければなりません。それが大賞になります。議論には、読者としてだけでなく、編集者としての視点がくわわっていきました。

「作品は、いつもゆがんだボールだ。批評は、内側からボールをふくらます。」――私が長く書いてきた「批評」について、『ズッコケ三人組の大研究』のもうひとりの編者、石井直人がこんなふうにいったことがあります。「批評」は、作品の意思をよくくみ取って、作品の本来あるべきすがたを示す仕事です。「批評」は、決して単なる「批判」ではなくて、作品への「愛」を語ることなのです。
 選考の途中で、「編集」も「批評」と同じだと気がつきました。編集者たちが、こうすれば、もっとよくなる、子どもたちに手渡せる本になると考える、作品の内側からふくらます熱量の多い候補がだんだんに浮かび上がってきました。作品を応募するまでは作者の孤独ないとなみですが、それを本にするのは、画家や編集者など、さまざまな人たちとの共同作業です。最終選考会ではもう、共同作業が少しはじまっていたのかもしれません。

■作品について

 熱心な話し合いをひたすら聞いていた私は、浮かび上がってきた作品をすくい上げて、ただ提案したのです。大賞は「ややの一本! 剣道まっしぐら日和」(八槻綾介)、編集部賞は「明日、あした、また明日」(広山しず)。すぐに同意されました。それぞれの作品への「愛」をもっとも多く語った編集者が、それぞれの担当になったのも自然なことでした。大賞受賞作の担当は、「一番応援したくなる作品」といったUさんです。

 受賞した2作については、別に選評を書きました。(→こちらをご覧ください)「ややの一本! 剣道まっしぐら日和」は圧倒的な筆力で、「明日、あした、また明日」はすぐれた文章力で読ませます。
 あとの3作品は、惜しくも受賞をのがしました。「巻き尺と三角スケール」(まえまさと)は、「建築という比喩で語った成長物語」(編集部Tさん)。「巻き尺と三角スケール」は「僕」、「イカロスのプロペラ」(楠 育雄)は「わたし」の一人称で語られていますが、「ジオードで輝く」(植森まゆ)は、複数の一人称で語るという実験です。「イカロスのプロペラ」や「ジオードで輝く」、そして、「ややの一本! 剣道まっしぐら日和」も、性の多様性というテーマを取り込んでいます。このあたりに、作者たちの現在の関心がありそうです。

 編集部13人と私の最終選考会は、2時間あまりかかって終了しました。私は今回はじめてでしたが、選考は、過去10回も同じように行われてきたそうです。こんなにも開かれた場をつくったのは、やはり、亡くなった那須さんのはずです。私も、仲間に入れていただいた幸せを思いました。
 ポプラズッコケ文学新人賞は、第12回も行われることになり、間もなく募集が開始されます。那須さんのつくった選考委員会が、たくさんの応募をお待ちしています。


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児童書作家を目指す方に……
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