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5分後には忘れてるから、アイデアはすぐに書き留める〜『とんかつの ぼうけん』塚本やすし〜

子ども時代に出会った、あの絵本。
お子さんが大好きな、あの絵本。
あの作者ってどんな人だろう?

この連載では、子どもの本の作家さんたちに「日常生活に欠かせない必需品」3つを挙げていただき、作家さんの意外な一面に迫ります。

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今回お話を伺ったのは、2022年8月に新刊『とんかつの ぼうけん』を出版した、塚本やすしさん。『このすしなあに』『やきざかなの のろい』など、食べものが主人公(?)な絵本も多く、動きのあるダイナミックな画筆と、予想がつかない展開のストーリーが子どもたちに大人気です。

そんな塚本さんに必需品を聞いたところ、「iPad」「A4のコピー用紙」「ポメラ(デジタルメモ)」と意外と手堅いお答え。でも、そのストーリーには、ドラマチックな人生と面白いエピソードがぎっしり詰まっていました。

意外と手堅い?! 必需品3つ

いつでもどこでも、iPadでメモ&検索

――これは、かなり使い込まれているiPadですね。何代目ですか?

(塚本)もう10代目くらいですね。使い方が雑だから、2年くらいでダメになっちゃう。
情報収集と、SNSで自分の作品のことを投稿したりすることがメインの使い方ですね。ふと思いついたことをiPadやiPhoneにメモしたり、録音したりもしますね。一日中家の中でも持ち歩いています。仕事部屋ではパソコンを使うんだけど、居間とかにはないので、持ち歩いてる。ご飯食べる時も傍に置いてあります。
昔のおじさんやおばさんたちが、新聞とか週刊誌、常に持ってたりしてたじゃないですか。いわば、それと一緒だと思います。テレビは見ないです。

――まさに相棒ですね。メモ用紙とかはお使いにならないですか?

(塚本)メモ用紙もめちゃめちゃ使います。座卓の傍には常にメモが置いてあって、たとえばお酒飲んでふと考えたことなどを、これでメモしています。すぐ忘れちゃって、また違うことを考えていたりするので、5分くらい経ったらもう思い出せないです。お酒飲んでたりすると、なおさらひどいですよね。翌朝見ると、まず自分の字が読めない(笑)飲んでいる時にはいいこと思いついたと思っていたんですが…ひらがなが筆記体みたいになっちゃって理解不能で(笑)

――いいアイデアだったはずなのに。

(塚本)そうなんですよ。時々解読できるんですけどね。
iPadは電車乗ってる時とか、車や自転車乗ってる時とか、アイデアが湧くときがあって、そうした時にメモ帳機能に書き込んだり、ペンシルを使ってアイデアスケッチをしたりしています。これ何だっけ? というメモもありますね。絵本のタイトルとかが多いかな。

――絵本を作るときの「最初の一歩」は、どのようなところから始まるんですか?

(塚本)最初にアイデアが浮いてから、まずは物語を頭の中で考えます。それから本やパソコンなんかで調べて膨らませていくことが多いです。すぐ忘れちゃうから、調べるのも急ぐんです。だから常にiPadやiPhoneを携帯しています。これで行けるなと思ったら、そこから先は早いですね。

例えば『とんかつの ぼうけん』は最初、恐竜ネタで始めようとしていたんです。おばけの恐竜で行こうと考えていたんですが、アイデアが行き詰まっちゃって。そこで担当編集者と話をして、「恐竜」は一旦頭から外して「おばけ」から連想したら、おばけ…ふわふわ浮いている…となって、なぜか「空飛ぶとんかつ」というアイデアが出てきたんだよね。

『とんかつの ぼうけん』2022年、ポプラ社
「かつどんなんて なりたくないよ! ちがう たべものに なりたいの。」
ある日、とんかつが空を飛んで逃げだした――。
かわいいけど、ちょっとなまいき!! 思わず笑っちゃうユーモアたべもの絵本。

――絵を描くときは、実際に見に行ったり、画像検索などで調べたりするとのことですが、とんかつは実際に食べに行かれましたか?

(塚本)とんかつは「かつや」さんに行ったね。

(担当編集)この本ができてから「かつや」さんと一緒にキャンペーン※をやらせていただいて、その一環で『とんかつの ぼうけん』のキャラ弁を作ったんですよ。「かつや」さんでとんかつを買って絵本と並べたら、形と大きさが全くおんなじでびっくりしたんです。

▲担当編集の力作!リアルとんかつ弁当!

(塚本)不思議だなあ。どっちが先にできたかわからない。

※キャンペーンは現在終了しております。

コピー用紙と鉛筆の組み合わせは最強。

――続きまして、A4のコピー用紙です。コピー用紙の包装を容器にして、細やかにテープで留めてありますね。これは作業台の上に置いているのですか?

(塚本)そうです。デスクの手が届きやすい位置、パソコンの前が定位置です。
例えばパンダの体の色分けで「あれ? 手が白だっけ、それとも黒だっけ?」とかわからなくなった時には、インターネットで調べながら描く時もあるし、描いているうちに「パンダの足がズボンみたいな柄になったけど、これでいいか」とキャラクターを作るアイデアだしとして、ラフに描いていく時もあります。 

▲インタビュー中も、ささっとA4コピー用紙に絵を描いて、説明をしてくださいました。

――1カ月にどのくらいの量の紙を使いますか?

(塚本)大体1包み(500枚)ですね。画材はHB鉛筆です。コピー用紙と鉛筆の相性がよくて、滑りがいいのが気に入っています。スケッチブックなど引っかかりがあるし、僕のような使い方をすると高くついちゃいますね。

鉛筆がなぜ好きかというと強弱がつくところ。万年筆でも出るといえば出ますが、鉛筆の軽さが良くて。面も塗れるし、ぼかすこともできる。例えば「とんかつが飛んでいる」ことを表現する時は、指で絵を擦ってぼかしたり。こうすると動きが出るんですよね。

▲鉛筆で描いたあとに、指でぼかす例

――消しゴムは使いますか?

(塚本)消しゴムは…うーん、10年は使ってないです。机の片隅に置いてあるんですけどね。真っ黒な石みたいになっちゃってる。消している時間よりも書き直してしまった方が早いんです。

 鉛筆の状態でプロットを固めたら、A4サイズのスキャナーでスキャンしてPDFデータにし、担当編集者に送ります。ここでOKが出たら、本番用に鉛筆で原寸大で描きます。
A3のコピー用紙に原寸で描いたら、うちにはA3用のスキャナーがないから、コンビニでスキャンしてる。それを版画用紙にトレースして、下書きを薄いラインで鉛筆で書いて、筆で塗っていくのが流れです。 

――本番は下書きに忠実に起こしているんですね。勢いのあるラインなので、最終ラフと本番では変化するのかと思っていました。

(塚本)僕はデザイナーでもあるからかな。どこに字を入れるかということも意識してラフを描いているので、本番は下書きに忠実にしています。

▲『とんかつのぼうけん』中面より

ただ例えば、こういう夜空の背景は、ラフには描ききれないので、本番の一発勝負ですね。
月の位置、山だけはラフ通りにトレースして、背景は気合いで仕上げます。この夜空を仕上げるのに30分から1時間はかかるんですが、この間に宅急便や電話が来ても、出ない。絵の具が固まってしまってグラデーションがうまく描けなくなるし、集中力も切れるので出られないんです。

――画材は何をお使いですか?

(塚本)絵の具はアクリル絵の具のガッシュ。筆は細いのと太いの、2000円くらいのものを世界堂で買ってます。細筆は1冊描き終わる頃には、毛羽立ってダメになっちゃう。
『やきざかなの のろい』のとき、奮発して1万円くらいの細筆を買ったんですよ。部屋に置いておいたら、翌朝になったら筆先がない。動物の毛のいい匂いがしたみたいで、猫が食べちゃったんです(笑)。以降、高い筆は買わないです。

――デスクにパソコンがあって、A4の紙があって、スキャナーやボードも手に届くところにあるという、お仕事場がコックピットのようになっているんですね。一日中、篭っているんですか?

(塚本)以前は1日篭ってましたね。歩数計つけてみたら、1日100歩くらいしか歩いてなかった。それでいて昼間は大盛りのラーメン食べたり、夜は飲酒していたので、一気に体重が増えちゃって。それで1年くらい前から、ラーメンやパスタなどの小麦粉主食を控えて、週4回ジムに行き始めたんです。そうしたら半年で10キロ痩せました。今も毎日2時間くらい歩いたりジョギングしたりして、ジムにも継続して行っています。今は1日15000歩くらいは歩いていますね。

――1日の歩数が2桁違うとは驚きです! 運動して身体が軽くなったことで、創作に影響はありますか?

(塚本)頭がスッキリして、やっぱり気持ちいいですよね。朝は4時ごろに起きて、散歩やジョギングをした後、コーヒーを飲みながらパソコンで情報チェックをしています。夕方にはお風呂に入って、晩酌というのが日常です。自宅で飲んでいるときは20時頃には寝ちゃいますね!

パソコンで文章書いているとネットを見るから、ポメラで遮断

 ――3つ目の必需品はポメラ。キングジムが出しているデジタルメモです。絵本作家さんがポメラをお使いになるとは思わず、驚きました。

(塚本)これは10年くらい前に買い替えた2代目です。キャラクターやアイデアができて、ストーリーを作る時はポメラがないとできません。どうしても僕、パソコンでやってるとネット見たり、YouTube見たりしちゃうんですよね。よくないんですよ。これだとネットに繋がらないから、集中して何かを書く時には、これが一番です。

――激しく同意です…。お話は一気に書き上げますか?

(塚本)いや、スルッとできるときもあるけれど、全然進まない時もある。このポメラの中にも100本くらいのストーリーが入っています。タイトルとキャラクターが出てきているので、そこで思い描いているものを言葉で写す作業ですよね。最終ページまでストーリーが行ったら成功。「うまくまとまったな」となります。最終ページまでアイデアとリンクしたお話ができたものは、その後多少の修正はあれど、大体出版されています。 

▲愛用のポメラには、お名前シールが!

――塚本さんはグラフィックデザイナーとして活躍した後に絵本作家になっています。

(塚本)高校はデザイン科に行って、その時には大学に行くつもりにはならず、就職先もたくさんあったのでデザイン会社に就職しました。そして30歳の時に独立して、友達と一緒にデザイン事務所の有限会社を作ったんです。

会社を12年間続けて、ずっと黒字だったけど、なんとなく「満たされてしまった」という思いがあって。その時から、重松清さんの新聞小説『とんび』の挿絵や「小説新潮」の表紙絵なども描いていたんです。絵本のイラストレーションを依頼されることもあって。小さい頃から絵が好きで、絵本作家になりたいという夢もあったので、42歳で「挑戦するならここで最後だな」と思って、友達に会社を譲って、絵本作家として独立したんです。

版元さんとの付き合いもたくさんあったので楽観的に考えていたのですが、独立してから2年間はほぼ無収入。その2年間は、もう絶望でした。子どもたちは中学生だったかな。貯金は底つきそうになって、げっそり痩せて夢を諦めるかと思っていた時、ポプラ社さんが『このすし なあに』の企画を通してくれて、そこから一気に道が開けました。

『このすしなあに』2010年、ポプラ社
板さんが握ってくれたすしを見て、「すしねた」になる前は、どんなすがたをしていたのか想像してみよう!
たくさんの命をいただいて生きている、ありがたさも感じることができる、 おもしろまじめな食育絵本。

――今振り返って、最初の2年間は何が足りなかったと思いますか?

(塚本)うーん、どうなんだろうな…。簡単になれると思っていたし、基本がわかってなかった。愛情ある絵本づくりという意識が欠如していたのかもしれない。『このすしなあに』で担当してくれた編集者が、僕にとっての絵本の先生ですね。大切なことを沢山教えてもらいました。

――読み聞かせやライブペインティングも積極的に行っていますね。

(塚本)ライブペインティングで何を描くか、子どもたちからリクエストをもらうのですが、これがとても役立っています。好きな食べ物や、人気のゲームのキャラクターって、結構なスピードで変わってるんですよね。自分の頭をかたくしないように、現役の子どもたちから話を聞くいい機会です。


――最後に、これからの夢を聞かせてください。

(塚本)そうだなあ。まずは『とんかつの ぼうけん』が売れてほしいですねえ(笑)
そしたら海の近くに住んで、市場で新鮮な魚を買って、道の駅で野菜を買って、のんびりつましく過ごすなんて、やってみたいですね。僕はずっと東京の下町で育ってきているので、一度はそんな空気の綺麗なところで暮らすのが夢です。 

――ありがとうございました。かわいいとんかつが、塚本さんの夢をふわふわと運んできてくれますように!

取材先には、愛用のバイクでお越しいただきました。
ヴィンテージ加工をほどこしたこだわりのバイク、かっこいい!

(インタビュー/柿本礼子)

★最新作『とんかつの ぼうけん』の制作秘話を、こちらでも詳しくご紹介しております♪

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