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悪夢と現実

まただ・・。
また例の夢を見た。
ふと時計に目をやると、時計の針は5時ちょっと前を指している。
(二度寝したら、起きれないかも。仕事の準備を始めよう)
予定より30分以上早いが、のそのそとベッドから身体を起こしコーヒーを入れて口をつけた。
職場に向かう足が重い。
この夢を見て起きた朝は、寝起きと共に、既に身体に疲れを感じている事が常である。

仕事中は、いつもよりも気だるさを感じる身体をひきづりながら、どうにか定時に終わらせ帰路についた。
「ただいま」
「おかえりー」
僕は今、40代真っ只中。20代で結婚し、子供も3人授かり、周りから見れば幸せな家庭を築いている何の変哲もない一般男性であろう。
他人は知る由もない、僕の心に潜んでいる闇を除いては。

 自分でいうのも何だが、なかなか複雑で波瀾万丈とも言える家庭に育った。
 代々継がれてきた工務店の長男、4代目跡継ぎとして生まれてきた僕ではあったが、物心ついたときには父親の経営する工務店は既に経営が傾いていた。取引先への未納金、税金の滞納、ヤミ金からの取り立ての電話、ある時は取り立ての大人達が家に押し掛けて来たことも何度もあった。
当の父親は家に生活費を入れる事もなく、浮気や雲隠れを繰り返し、たまに家に帰ってきたと思ったら、朝から酒を飲み、母親や当時小学生の幼い僕へのDVを繰り返した。唯一の救いは3歳下の妹には父親が手を挙げなかった事だ。
 耐えきれなくなった母が、父方の祖父母の所に相談に言っても、「お前の妻としての才が無いから、こういう事になったんだ。」と門前払いをされてしまった。
 幼いながらに、母親に何度も離婚を勧めたが、当時は今のように離婚をする家庭は少なかった事もあり、母親はなかなか決心がつかなかったようだ。
 母と僕の身体には、無数のアザが常に出来ている状態であり、借金の取り立ても続いており、気づくと母の顔からは笑顔が消えていた。
 中学に上がる頃には、僕への暴力は無くなったものの、僕と妹が学校に行っている時間帯に、父親は帰宅し、やはり母にだけは暴力をふるっている状態であったが、ある日、僕が学校から帰宅したタイミングで、父が母に手を挙げようとしているところを目撃し、生まれて初めて父親と殴り合いになったが、その日を境に2年程、父親はたまの帰宅すらしなくなった。おそらく浮気相手の所にでも転がり込んで同棲でもしていたのであろう。
 中学3年になり、受験を控えた秋頃、浮気相手と別れたのか、父が帰宅してきた。
 母にも僕にも暴力を奮う事は無くなっていたが、当然の事ながら両親の喧嘩は絶える事はなかった。
同時に祖父から僕に電話が掛かってきて、開口一番、「お前は高校なんか行かなくていい。中学を卒業したら、工務店の跡取りとしての修行を始めろ」との言葉だった。
 その言葉を聞いた僕は、一瞬にして怒りが芽生え、祖父に対して書くことを憚る様な内容の言葉を祖父に浴びせた。
 その場は電話を切ったものの、翌日に母は呼び出しを受け、祖父母にこっぴどく叱られたとの事だったが、母もキッパリと「間違っても跡継ぎにはさせない」と言いきって帰ってきた。母には謝ったが、同時に母親としての強さと優しさを身を持って体験したのも事実だ。
 しかし、その件もあってか、父の母に対する暴力が再び始まってしまった。
 もう、この生活にピリオドをうちたい。その一心で僕は中学生にも関わらず、役所の窓口へ行き離婚届をもらってきた。
 窓口で担当の人が不思議そうに僕を見つめ、「君、未成年だよね?未成年の場合はこの欄に第三者の人にも名前を記入してもらって・・」と説明を受けてしまったが・・(笑)
その日の晩、僕は両親の前に離婚届を出し、生まれて初めて泣きながら土下座をした。
「お願いです。両親として、少しでも僕と妹の事を思ってくれる気持ちがあるなら、僕達の為にも離婚して下さい。」
 両親は一瞬、まさかという表情をしたが、二人とも初めて僕と妹の前で涙を見せながら離婚届に記入を始めた。
 離婚が成立し、僕と妹は母親と共に3人で新しい生活を始めた。母と妹にも笑顔が戻り、僕も新たな高校生活が始まっていたある日、父と二人だけで会い、食事をする事になった。
久々に会う父の顔は、どこか清々しささえ感じるものであり、素直に僕に謝罪の言葉を述べた。
憎らしさを感じていた父ではあったが、不思議なもので、心から反省した表情と、謝罪の言葉を受けた時に何故かやんわりと許してしまっている自分がいた。
 翌日、僕のところに従兄弟からかかってきた電話の内容は『首を吊り、父が自ら命を絶った』というものだった。
真実を伝えた母は驚きの表情を見せたが、僕から母にも親戚にもお願いをして、葬儀には母は参列するのを見送ってもらった。僕も葬儀には参列はしたものの、四十九日や納骨等は辞退させてもらった。
 未だに父の墓参りは必ず月に一回は行っている。 僕の中での父は『酒に酔い、鬼の形相で暴力を奮う父』と、最後に食事をして別れる時の『優しい笑顔で「学校頑張れよ」と声をかけてくれた父』の二人が存在している。
 僕自身が夫として、父として妻や子供に接している今、生活の中で家族に対し、注意をしたり、楽しく会話をしたりしている時に、ふっと頭に父の2つの表情が浮かび、
(自分は必要以上に妻や子供に恐怖を与えていないだろうか)
(自分は素直に笑顔を出せているだろうか)
と、どうしても瞬間的に思ってしまう自分がいる。

この文を書きながら、ふと時計に目をやると、時計の針は0時を指している。
(明日も早いし、そろそろ寝るか)
のそのそとベッドに入りこむ。
(今夜あたり、また例の夢を見るかもなぁ)


父が優しい笑顔で暴力を奮ってくる、あの夢を。

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