地図も書けなくて泣いた私へ
交通費の支給を申請するための書類を総務に提出したら、こう言われた。
「この地図じゃわからんから書き直してくれる?」
「はい、すみません」
「あぁぁあ、むりだ...」
引っ越して間もなく始まった約2週間の新人研修。
はじめての関西で、
はじめてひとり暮らしをし、
はじめての仕事に就いた。
毎日新しいことに触れまくって神経が過敏になっていた私は、数人残っていた同期を前に、情けなくも泣いてしまった。
*
就職したら絶対にひとり暮らしをすると決めていた。
理想は、実家から1時間程度の関東圏だったのだが、現実の選択肢は以下の3つ。
①実家から30分の地元、支店勤務
②実家から3時間の東北、支店勤務
③実家から7時間の関西、本社勤務
私は③を選んだ。
生まれてから23年間暮らした家を出て、都会に移り住むことは不安もあった。
けど、それ以上に期待が大きかった。
やっとこの田舎から出られる。
もちろん育った場所には思い出もあるけど、それは自分が育ったからであって、この地域自体が特別好きなわけじゃない。
日常的にネットで買い物するのが当たり前じゃなかったあの頃、
「ここで使う1万円と、都会で使うのとじゃ得るものが違うんだ」
もっとキレイな場所で、
もっと可愛く、
もっとオシャレに、
もっと大人に...
もっと、もっとが溢れ出すような謎のエネルギーと、わたしならできるという根拠のない自信をもっていた。
電車なんて2両編成で1時間に1本程度しか走っていない車社会の田舎で育った私は、ラッキーなことに地方の支店ではなく本社採用となった。
同期は19人。本社採用は私含め2名だった。
自分の可能性がぐんぐん広がる予感。
やる気に満ちた私は、結婚も視野に入れ3年半付き合った彼氏に別れを告げ引っ越し。就職を機にはじめて部屋を借りた。
*
部屋を決めるにあたっては、両親と一緒に不動産屋を回った。
条件は、
オートロック
バス・トイレ別
駅から徒歩10分圏内
家賃は6〜7万
とにかくキレイなところ、というか「新築」が良かった。
見知らぬ人が住んだ部屋に住むなんて怖いし、せっかく自分だけの城を手に入れるんだから、まっさらな状態からつくりたい!
と、なかなかわがままなことを本気で思っていた。
帰り時間の都合もあり、じっくり検討する時間はないし、もう一度来ることも難しい。
今日決めなければいけない。
選んだのは、建設中のマンションだった。
入居するのは3月下旬。
完成予定は2月だった。
内観できないまま決めるのはちょっと心配だったけど、条件に合っているしなんて言っても「新築」という言葉にこころが踊った。
*
自分で言うのもなんだけど、可愛い一人娘のひとり暮らし、遠方への引っ越しに両親は、時折り寂しさを口にしながらも、「〇〇(私の名前)が決めたことだもんね」と後押ししてくれた。
引っ越しの日は、遠出できるようにと、父親が買い換えたばかりの大きなエルグランドに布団やら家具やらを積んで、両親と弟とともに約8時間高速を走った。
足りない家具を現地で買い揃えて部屋に運び込んだら、いよいよ家族とのお別れのとき。
まだ見慣れないドアを半分開けて顔を出し、両親を心配させないように思いっきり笑顔で言った。つもりだ。
「じゃあね!」
ドアを締めると、見知らぬ場所に私ひとり。頭がうぁぁあっとなって寂しさが溢れそうになる。
でも、これから沢山の新しいことが私を成長させてくれる。私はこの街で、この部屋でたくましく生きていくんだ。
そう決意したものだ。
*
街に何があるかもわからない。
頼れる知り合いは1人もいない。
あんなに毎日会ってた友だちも、もちろんいない。
言葉のイントネーションやノリが違って、相手が言ってることが理解できないことも少なくなかった。
同じ日本だし、大学でも関西出身の友達いたのに、これにはびっくりした。
本社で働く人は関西出身の人ばかりで、自分だけ異質なものに感じた。
*
初めて部屋を借りてからもうすぐ丸10年。
私は役員と仕事をし、新設部署の立ち上げに携わり、主任になり、プロジェクトマネージャーになった。
おまけに鬱も経験中。
あのとき願ったように、色んな経験を積んで、成長できている、はずだ。
こんなに長く住むつもりは全くなかったけど、どんなときも、この部屋が私を送り出し、迎え入れてくれた。
私のこだわりがそこら中に詰まってる。
広くないけど、だからこそ色んな工夫をして暮らしやすくしてきた。
ちょうどよくて、心地よい、私の聖域だ。
今までありがとう、来年もよろしく。
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