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愛しきおネェとの別れ🇰🇭【スーパースターを目指すカンボジアの若者たち】第18話

🇰🇭ソヒャップ離脱

ノリは、私の初めての夫よ。
彼の歌声は、最高。全て、私のために歌ってくれてるって、勝手に思ってるわ。

リンは、私の2人目の夫。
彼は全てが最高なの。その顔、身体、声。す・べ・て、最高。
私のために踊ってくれてるって、勝手に思ってるわ。

ティーは、私の3人目の夫。
彼は、ボディが最高なの。彼のボディに触れられれば、それだけで十分だわ。

ソヒャップ先生の「もっと自由に恋愛しましょ!」 ~完~

ポラリックスは、定期的にミュージック・ビデオを制作しては、YouTubeで公開していました。
楽曲を作るのは、我らが天才帰国子女・ミッキーです。

ミッキーが作った楽曲に、ノリやヘアンなどのボーカルを担うメンバーが歌詞をつけて、それをミッキーが「もっとこの歌詞にした方が良い」とかアドバイスをしながら修正して、ケンに提出。

ケンはその歌詞からミュージックビデオのストーリーを考えて、ポラリックス全員に共有します。
そしてロケハンをし、衣装を考え、スケジュールを立てて撮影日を迎える、というのが常でした。

ケンは、ポラリックスをスーパースターにするのが夢だったけど、カンボジアでは、歌とダンスだけでは食っていけないだろうと見込んでいました。
浮き沈みがある長い人生の中で食いっぱぐれないように、ケンは自分の持ってる技術を全てポラリックスに伝授していました。
カメラワーク、映像編集、ストーリーの作り方、絵など、ケンが日頃の仕事で使っているクリエイティブ技術の全てをポラリックスに叩き込んでいたのです。

だから、ミュージックビデオの撮影も、ケンが最後の編集はするけれど、監督も出演も衣装準備も撮影も、全てポラリックスが自分たちでやっていました。

事務所から遠く離れたロケ地に何時間をかけて行ったこともあります。
前日の夜からみんなで事務所に泊まり、雑魚寝。朝4時に出発。

バイク隊、撮影機材を運ぶピックアップトラック隊に別れて出発。
レナは、ピックアップトラックの荷台に乗って行ったのですが、そこから見上げる夜空の星々がすごく綺麗だったと言っていました。尻は痛かったらしいけど。

道が凸凹で、トラックの荷台もめちゃくちゃ揺れて、カンニャはあと一歩でオエーっていくところでした。しかも、そんな中でソヒャップが

「はぁーい、みなさん❤︎マウンテン・バナナよー」

とバナナを振る舞うので、周りのみんなに

「この状況でどうやって食えっていうんだ」

とツッコミを受けていました。

ロケ地に着いて、テキパキと作業をこなしていくポラリックスを見て、ケンは嬉しそう。

「いやー、俺のやる作業が減って、楽になったなー!うははは。」

「ケンちゃーん!ノリを撮影する画角、これで良い?」

カメラに向かってキメてるノリ、ケンがどれどれ?とレンズを覗くと・・・

「あーーーーーっ!!」

響き渡るケンの怒号。

「おっ・・・お前・・・鼻毛ボーボーじゃねか!あれだけ気をつけろって言ったのに・・・

お前ら全員、直ちに鼻毛を抜けっ!!」

ノリは、コンに鼻の穴に指をぶち込まれ、鼻毛を抜かれる。
リン、ソヒャップにハサミ(大)で鼻毛を切られる。
キン、岩の上に仁王立ち、自身の両手で両鼻の毛を引っこ抜く。
ロイ、鼻毛どころがワキ毛も生えない体質であることが判明。
美意識が高いティーとヘアンはノー鼻毛。

レナは、この鼻毛シーンが脳裏に焼き付いて離れず、しばらく笑いが止まりませんでした。

この鼻毛ミュージック・ビデオが公開された頃、カンニャがマネージャーを退職することが決まりました。旦那さんの仕事を手伝うことになったためです。

ポラリックス躍進の陰に、カンニャあり。
みんな、すごく寂しかったけど、これからも一生懸命頑張ることを約束して、カンニャと別れました。

「レナさん、これからも友達です。ずっと、友達です。」

レナは号泣してカンニャを抱きしめ、永遠の友情を誓いました。

カンニャは約束通り、それからもずっと、ポラリックスとレナを支えてくれました。
今も、ずっと。


カンニャが退職して数ヶ月後。2016年12月。
いつも、ソヒャップの鼻歌と床を掃くホウキの音で朝が来るのに、その日は聞こえてこなかった。

具合でも悪いのかなと、レナが玄関まで降りて行くと、ミッキーが慌てて事務所にやって来ました。

「レナ、ソヒャップいる?」

「それが、まだ起きてないみたいなんだよね。」

ミッキーは、レナに手紙を見せました。
「俺の家に届いてたんだ」

“アタシは、ポラリックスを辞めます。もうみんなとは一緒にやって行けない”

ヘアンも慌てて部屋から出て来ました。泣きながら、レナに手紙を見せるヘアン。

「朝起きたら、ソヒャップがいなかったの。」

ヘアンの元に置かれていたソヒャップの手紙には、ケンがソヒャップのミュージックビデオ制作を始めてくれないことへの不満が書かれていました。

実は、この家出騒動の数日前。
ケンは“ソヒャップのミュージック撮影を遅らせる”決断をしました。
なぜ遅らせることにしたかというと、ミッキーが作った楽曲にソヒャップが歌詞を乗せたミュージックビデオは、最高の仕上がりになるとケンは確信していたのです。

この作品のリリースを、みんながコンサート出演するカンボジア正月にぶつけたい。

それがケンの想いでした。それがどういう訳なのか、ソヒャップは
「ケンがアタシの作品作りを放棄した」
と勘違いしていたのです。

みんなで心配してソヒャップに電話したりチャットをしたりするも、反応なし。
だけど数時間後、ソヒャップからチャットが来て、そこにはこのような要求が書いてありました。

・アタシのミュージックビデオ制作を、今すぐ始めること
・ポラリックスとしてではなく、ソロシンガーとしてデビューさせること

それが出来ないことを伝えると
「アタシはもう、ポラリックスには戻らない。もうスーパースターにはなりたくない。」

レナとヘアンは泣きじゃくって、ケンやミッキー、他のポラリックスは呆然と立ち尽くした。

もし、今のケンなら
もし、今のレナなら
どうして「ケンはソヒャップのミュージックビデオ制作を放棄した」と勘違いしたのか?
どうしてポラリックスが嫌になってしまったのか?

ちゃんと話をしようって、冷静にソヒャップに言えたかもしれない。
でもあの時は、まだ若く、余裕もなく、ただただショックで

「わかった。戻らなくていいよ。ソヒャップの幸せを願ってるよ。」

そう伝えるのが精一杯でした。

何日かして、ソヒャップは荷物を取りに事務所に戻って来ました。泣きながら。
ソヒャップは、レナの前に手を合わせて膝まずき、こう話し出しました。

「ごめんなさい、本当に・・・私は悪い夢の中にいるみたいだった。
こうやって家出して困らせれば、自分の望みが叶うだろうって、思ってしまったの。
私はここを去るわ。もうここには居られないって、わかる。
今までの3年間、愛をありがとう。
毎日のご飯、私の部屋、私の服、
私たちのために雇ってくれたダンスや歌の先生、タイへの遠征。
本当に・・・ありがとう。どうか、私の謝罪を受け入れて。」

レナはただただ、ソヒャップを抱きしめて泣きました。
ああ、日本で会社員を続けていたら、こんなに悲しい別れを経験しなくて済んだのだろうか。

荷物を持って立ち去るソヒャップを、私は追いかけた。
待って、ソヒャップ。私たち、レディボーイ仲間だったじゃない!!
さようならなんて、嫌よ!!
私は、無我夢中でソヒャップの胸に飛び込んだ。

「サソリ!私が悲しい時、いつもそばに居てくれてありがとう。
私の涙をたくさん舐めてくれて、ありがとう。
本当に・・・ごめんね。」

家族のことで悩んで落ち込んだりしながら、いつも頑張ってたよね、ソヒャップ。
私、全部知ってるよ。
またいつか、会えるよね。
私たちずっと友達だよね。

ソヒャップは私をハグして、事務所を去って行きました。

リンが、ケンの背中に抱きついて泣いている。
ノリが、ギューッとレナの手を握って泣いている。
ヘアンがレナの胸に顔を埋めて泣いている。

事務所のみんなが、泣いていました。ただ一人、コンを除いて。

その夜、悲しみに暮れるレナのもとに、リンからチャットが来ました。

「レナ、ポラリックスへの愛は、この世界で他の何とも比べられないよ。俺はポラリックスを離れないから」

もう一人、ノリからもチャットが来ました。

「レナ、いつか俺が有名になったら、日本に連れてってあげるからね」

私は日本から来たんだっての。ノリのジョークに思わずふふっと笑っちゃうレナ。

そして、タタからも。

「レナ、もう泣かないで。私、正直に言うと、今でも自分の夢がわからないんだ。
でも、ポラリックスになることを選んだのは、ここには自分の夢を一生懸命に追っている人がいるでしょ。ケンとか、リンとか、ヘアンとか・・・
みんなと一緒にいれば、私にも見つかる気がするの、自分の夢が。」

事務所には、ソヒャップと一緒に過ごした時間の痕跡
もう2階のバスルームから、ソヒャップのイカれた歌声は聞こえない
朝、ソヒャップの歌声で起きることもない
ソヒャップが作ってくれたトムヤンクン、チャーハン、チキンの味
ヘアンと部屋で馬鹿騒ぎする声

寂しいなぁ、悲しいなぁ

そんな悲しみが残る数日後

「あの。俺、ここに住んでもいい?」

深夜、ロイが荷物をたくさん持って事務所にやって来ました。
ご両親が不仲で、家にいるのが辛いんだって。

その日から、ソヒャップの歌声はもう聞こえないけれど
ヘアンとロイがギャーギャー大騒ぎする声が、レナの子守唄になりました。

ソヒャップが事務所を去った日の夕方
ケンとレナは蓮畑を見ながら泣きました。
そんな2人を外国人の観光客が
「なんてノスタルジーな光景なんだ
君たちの後ろ姿を撮らせてくれないかい?」
と、撮影していました。
2人はヤケクソで「Yes」と答えて
背を向けたのでした。

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