ついに首都プノンペンへ🇰🇭【スーパースターを目指すカンボジアの若者たち】第22話
🇰🇭上京物語
ケンとレナは、どこにでもいる普通の夫婦です。
別にラブラブでもなく、だからといって険悪でもなく、普通の夫婦です。
でも、カンボジアで芸能事務所を始めてからは、本当にたくさんの喧嘩をしました。
なにしろ性格が真反対なもんだから、どっちも一生懸命にポラリックスのことを考えているんだけど、どっちも悪くないんだけど、方針で揉めて大喧嘩を繰り広げていました。
ま、その仲裁が私の仕事なんだけど、面倒臭かったわ~。
そして一番に揉めたのが、ケンの芸能事務所をプノンペンに移設する・しない論争です。
ついに、首都プノンペンにある大手携帯電話会社とテレビ局との契約が決まったポラリックス。
お正月のコンサートの後はその他にも次々とプノンペンから仕事が舞い降りてきて、ポラリックスはプノンペンとシェムリアップを往復する日々が続いていました。
プノンペンとシェムリアップ、車移動で片道5~6時間ほどかかります。
ケンは、仕事がたくさんある首都プノンペンに事務所を移設しようと考えました。
移動費などを考えても、プノンペンにいた方が効率が良い、と。
大きな家を借りてそこを事務所にし、俺たちとポラリックス全員で住もう、と。
しかしレナはそれに猛反発。
確かにケンの言うことは合理的だけれど、ポラリックスたちのメンタルが不安定になることを懸念していたのです。
みんなは、年齢的には10代後半から20代前半だけれど、日本に比べて教育システムが整っていない環境で育ってきたから、メンタル的にはまだずっと子供。
今は、仕事で嫌なことがあっても、家に帰って家族を過ごして忘れられるかもしれないけど、みんなで一緒に住むとなると、その環境には耐えられないだろう、と。
仕事が取れる代わりに、メンバーを失うリスクが大きいだろう、と。
めちゃくちゃ喧嘩してたけど、結果的には、両方の言い分とも正解だったのよね。
最終的にはレナが折れて、ケンはプノンペンへの引っ越しをポラリックスに説明しました。
「こないだのお正月のパフォーマンスは、本当にすごかった。
みんなもう知っているように、君たちは大きな契約を君たち自身で手に入れたんだ。
これからは、プノンペンでの仕事がもっと増える。
首都であるプノンペンでもっと有名になって、スーパースターになる夢を叶えたいと思っている。
俺は、この芸能事務所をプノンペンに移設することにした。
君たちと、これからも一緒に夢を追いたいと思っている。
だけど、プノンペンに引っ越すということは、シェムリアップにいる家族とも離れることになる。
まだ契約書にサインをする手前だから、一緒にプノンペンに来るか、ここでシェムリアップに戻るか、家族の人とよく考えて、俺に答えをくれないか。」
みんな神妙な面持ちでそれぞれお家に帰りましたが、数日後、共にプノンペンに行くという覚悟を、ケンに伝えてくれました。
「契約書にサインをすると、もう後戻りはできないよ。大丈夫か。」
「大丈夫。スーパースターになる。」
そんな中、ただ一人、シェムリアップ残留を決めたメンバーがいました。
タタです。
「レナ、私、ケンに話したいんだけど・・・一緒について来てくれない」
レナは気がつきました。タタがプノンペンには行かない決断をしたことを。
ケンの仕事部屋に入り、腰を下ろし、タタは泣きながら一生懸命に話してくれました。
「ケン、私・・・一生懸命に考えた、自分の将来について。自分が何がしたいかについて。
それで気付いたの、私は、歌やダンスも大好きだけど、それ以上にやりたい事がある。
私、英語の勉強がしたいの。これから、もっと専門的な英語の学校に行きたいの。」
「ちゃんと契約書にサインをする前に、真剣に考えてくれて、ありがとう。
オレもレナも、みんなを縛るつもりはない。
もしポラリックスが、この事務所以外で自分の場所を見つけたら、本当にやりたいことを見つけたら、いつでも離れて良いんだ。」
「そうだよ、タタ。まあ、ちょっと・・・寂しいけどね。」
「ケン、レナ、本当にごめんなさい、迷惑をかけて。でも私、ケンもレナも、大好きだよ。
ずっとずっと、大好きだよ。
お願いだから、私のことを忘れないで・・・」
胸に泣き崩れるタタを、ケンはまるで娘のように抱きしめました。
ケンの腕の中で、大声で泣くタタを見て、またレナも号泣している訳だけど、
あの生意気だった小娘と、こんな関係を築けたことを嬉しく思っていました。
タタ、何で辞めるの!なんて、これっぽちも思ってないよ
ただ、もう台所に「レナ、今日の夕飯はなぁにーー!!」ってあなたが来ないことや
何かやらかした時に「レナ、一緒にケンのところに来てぇ~」って泣きついて来ないことや
一緒にデザートの味見ができないことや
一緒に映画を観て泣けないことや
あなたのスーパー音痴な歌を聞けないことや
舞台で踊るあなたの可愛い笑顔が見られないことや
あなたに馬鹿にされながらもう英語を習えないことや
そういうことが、ただただ、寂しいだけだよ
最初に会ったとき14歳だったあなたが、毎日のように一緒に過ごしている間に、もう18歳になる。
新しい出発をしたっていい、そんな年齢に、いつの間にかなっていたんだね!
「ケン、レナ、Su Su」
「タタ、Su Su」
ケン、レナ、タタはお互いに「頑張れ、頑張れ」と言いながら
抱き合って泣いていました。
ケンとレナは、プノンペン行きを決めたポラリックスの家を周り、みんなのお母さんやお父さんに挨拶をしました。
どこの家のお父さんも、お母さんも、ケンとレナにこう言いました。
「最近、いつもテレビでウチの子を見るのが本当に楽しみです。
子どもがプノンペンに行ってしまうのは寂しいし、すごく心配だけど、応援しています。
どうかウチの子のこと、自分の子どもだと思って、大事にしてくださいね。」
どこのお家のお母さんやお父さんからも同じ言葉が発せられることに、レナは涙が止まらなくなりました。
“自分の子どもだと思って”
これまでにも、ケンとレナは何度かポラリックスの家族に会ってきたけど、
こんな外国から来た謎の夫婦のことを信用して、自分の大事な子どもを預けるなんて、どんなに心配だろう。
その心の痛みを想像することもできず、レナはただただ、泣きながら誓いました。
ポラリックスを、自分の子どもだと思って、大事にすることを。
でも、子供を持ったことのない私にそれができる?
自分の子どもだと思うって、どういうことなんだろうか?
レナはその答えを探しながら新しい出発を切ることに。
ケンはその後、プノンペンに渡ってみんなで住む家を見つけました。
シェムリアップに戻ってきたケンは、みんなにこう指示を出します。
「よーし、今日からプノンペンへの引っ越し準備開始だ!」
ポラリックスは、以前にもこんな大移動を経験したことがあるんじゃないかっていうくらい、テキパキ引っ越しの準備を進めました。
キンやティーが出際よく防音壁や壁の鏡、家具を解体して、トラックの荷台に運んで行きます。
デェっかいトラックを2台チャーターして、家具や機材、みんなの荷物を次々と乗せていきます。
先発隊は、ケン、コン、キン、ティー。
デェっかいトラックの上に乗っかって
「プノンペンで待ってるよーーー」
と出掛けていきました。
後発隊は、
私、クジラ、レナ、ノリ、ヘアン、ボリャ、ニタ(←ティーの当時の彼女。この子については、また詳しく説明するわ)
翌朝、レナが事務所を借りてるオーナーさんに鍵を返してから、出発します。
いよいよ、明日はプノンペンに出発か。
レナは不安な気持ちを抑えながら、シャワーを浴びようとすると・・・
シャワーが、無い
ここで、ポラリックスの引っ越し準備の様子を巻き戻して見てみましょう。
えーと、
“キンやティーが出際よく防音壁や壁の鏡、家具を解体して、トラックの荷台に運んで行きます。”
・・・ここです!キンが、レナが利用するはずだったシャワーも外して、トラックに積んでるわね。
連日、40度に近い気温で雨も降り始め、汗びっしょりのレナ。
もう裸だし、後戻りはできない。
落ち着いて・・・カンボジアのトイレには、大を足した後にお尻を洗うためのホースがあります。
もちろん水しか出ないけど、これで、洗おうか。
尻を洗うホースで頭を洗う。・・・いや、なんかそれは、超えてはいけない一線な気がする。
レナは最終的に、シャワーをもぎ取られた蛇口の下にしゃがみ、チョロチョロ出る水を、いろんな姿勢で何十分もかけて、ぶちギレながらもなんとか全身に浴びました。
「キンのばかーーーーーーーッ!!」
しかもその夜、何だか建物じゅうが暗い。
先発隊、電球も先に持っていきました。エアコンもね。
「レナ、一緒に寝よう」
シェムリアップ最後の夜は、ヘアンの部屋の固い床にタオルを敷いて(マットレスも持っていかれた)古びた扇風機のカタカタという音を聞きながら、私、クジラ、レナ、ヘアンで眠りました。
旅立ちの朝。
初代マネージャー・カンニャ
ポラリックスをずっと応援してくれたフランス人のご夫妻はじめ、
シェムリアップでお世話になった方たちがお見送りに来てくれました。(ケンとレナは、あんまりたくさんの友達ができなかったから、ほんの数名だったけど)
別れが辛く、号泣するレナを、みんな代わる代わる抱きしめてくれました。
もちろん、私のこともね。
2013年から約4年間、みんなで過ごした事務所はガランとしています。
それでも、目を閉じて耳をすませば、ポラリックスたちの声が聞こえてきそう。
「俺たち、きっとここのことを何回も思い出すだろうね」
さあ、みんな
顔を上げて、車に乗るのよ
シェムリアップにいる、愛する人たちのことを胸に抱きしめて
未来に向かって旅立つの
私、これからもそこそこに見守っているからね
車の中でしばらく涙が止まらなかったレナですが
「レナさん。ドライバー、道、間違えた。」
と、ボリャさんからのご報告。
ふと外をみると、どう見ても「道」ではない所を走っているワゴン車。
凸凹の畑みたいなところを走ってて、下手すりゃ横転しそうです。
ドライバーさん曰く、「近道をしようと思った」とのこと。
ガッタンゴットン、前後左右に大きく揺られて、みんなで「ヒェーーーー」と大騒ぎしているうちに、レナの涙は乾いていました。
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