見出し画像

読みたくも無い小説【ショートショート】

朝っぱらからお気に入りのクラシックが鳴り響いた。キャッチーな曲。誰でも知っている曲。百貨店とかで流れている曲。改めて聴くとめっちゃいい曲。
単純な演奏なように聴こえるが、こんなを曲作れと言われても作れないし、何らかの楽器を使って演奏する事も出来ない。

昔から知っている曲だったが、ダウンロードするまではタイトルも知らなかったし、寧ろ作者の名前は既に忘れた。
ほんの二小節ほど聞いたところで慌てて曲を止める。この曲をアラームとして設定していた。
よって優雅な気分にはならない。クソみたいな一日のスタートを知らされただけだ。
しかも、しかもだ。ご近所に迷惑をかけないよう、二小節で止めている。優雅もクソもあったものではない。

朝に簡単に起きられる方法は無いかと色々探した末に、自動的にテンションが上がるような、自分が気に入ったクラシックであれば、起きられるのではないかと考えた。
その為、この子供の時からよくCMで使われている曲を選んだ。しかし、せっかく好きな曲を設定したのに、ゆっくり聴く事が出来ない。意味があるのかもはや分からない。しかしとりあえず毎日起きられてはいる。
起きられなかった事は無いので、とりあえずアラームの役割は果たしているようだ。

今日も起きたくもないタイミングで起きる。
珍しく気分が良い夢を見ていた。内容は忘れたが、何せ幸せな気分だった。現実世界で幸せを感じる事はほぼ無いので、夢の中にいる間だけが幸せを感じられるチャンス。そんな時間をお気に入りの曲によって遮られた。今から行きたくも無い仕事に行かなければいけない。

開けたくも無いカーテンを開ける。
日光は好きではないが、どうやら精神衛生に良いらしい。効果を感じた事はない。
浴びたくも無いシャワーを浴びる。
不潔でいたいわけではないが、シャワーを浴びるのは面倒が臭い。その時間寝ていたい。

乾かしたくも無い髪を乾かす。毛量が多く長い為、無駄に時間がかかる。かといってショートに出来るほどの顔面偏差値も持ち合わせていない。

飲みたくも無いコーヒーを飲む。
飲みたいわけではない。味が好きなわけでもない。みんなが飲んでいるから何となく飲んでいるわけでもない。
カフェイン中毒なので、飲まないと激しい頭痛に襲われる事があるのだ。
食べたい朝ごはんは、今日は食べられない。時間に余裕がない。

塗りたくも無い下地を塗り、使いたくも無いファンデーションを塗る。肌が綺麗なら、塗らずに済む物。
次は、入れたくもないシェーディング。頬は大きなブラシで、まぶたと鼻には小さなブラシで入れる。
ついでに、乗せたくも無いチークを入れるが、お気に入りのチークに飽きた為、お気に入りのチークの上に、買ったばかりの薄い色のチークを乗せる。
誰も重ねたいわけではないが、買ったばかりのチークはイマイチか肌色に合わなかった為、混ぜるしかない。
こちらも混ぜたくて混ぜているわけではない。

使いたくもないプチプラのアイシャドウと、マスカラもつける。ふと、0がひとつ違うコスメを使える人生が良かったな、と考える。

描きたくも無いアイライナーを引いて、眉を描く。
目が大きければアイライナーなんて必要無かったのにな。恵まれた眉を持って生まれていれば眉なんて描く必要無いのにな。剃りすぎた訳でもないのに、描きたくもない眉を描く生活。

塗りたくもないリップと口紅とグロスを塗る。
巻きたくも無い髪を巻く。
巻かないと地味過ぎるから。
顔と身体と身長がゴージャスなら、巻く必要はない。

気に入ってもいない部屋着を脱いで、着たくも無い通勤用の服を着る。
集めたくもないゴミを集め、一つにまとめる。
履きたくもないヒールを履く。デザインが好きなわけでなく、職場の規定がパンプスなのである。パンプスは、立ちっぱなしの仕事においては足を破壊する為の器具。
パンプスを履いた瞬間、昨日の疲れと痛みが40%残っている事に気付く。

乗りたくもないエレベーターに乗る。
浴びたくもない直射日光を浴びながら、触れたくもないゴミ置き場のドアノブに手をかける。
うちのマンションでは24時間ゴミが出せるが、昨日は世間ではゴミの日だった。よってホームレス達が物色していたに違いない。
差別もクソもない。素直にドアノブの衛生面が心配なだけである。

歩きたくもないのに歩き出すと、目の前を細身の女が歩いている事に気付く。
見たくもないのに目に入ったのは、ディオールのパパ活バッグ。
堅気の女が自腹で購入する事は不可能。お金を貯めても無理。節約しても無理。
こいつは身なりを見る限りお嬢様でもないので、身体を売って手に入れたのだろう。
朝に似つかわしくない、黒のエナメルのパパ活バッグ。
全く同じスピードで駅まで歩く。私はこれから仕事。彼女は仕事終わり。
なぜか、なんとなく、彼女と一緒に居たくなくて、かなり遠回りになるにも関わらず、私は地下道に入った。自分は真面目だと思いたかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?