「船出」(3500字)
①とある小学校、校庭
子どもたちが数人遊んでいる。
少年が蹴ったサッカーボールが校庭の外へ転がっていく。
原大輝(21)が転がってきたサッカーボールを拾い上げる。
大輝「はい、どうぞ」
少年A「ありがとうございます!」
大輝が笑顔で去っていく。
少年B「今の誰やろう? 知っとる?」
少年A「さあ? 島の人ちゃうんかなあ?」
少年たち、ボール遊びを再開する。
②原家(夜)
居間。囲炉裏で沸かした茶を、ゆっくりとすする原幸三(76)。
☓☓☓
大輝の部屋。机に向かって勉強している大輝。
幸三が戸を少し開けて声を掛ける。
幸三「大輝、明日は早いんやろ」
大輝「うん、もう少しだけ」
幸三「茶でも飲むか?」
大輝「じゃあ、飲もうかな」
☓☓☓
居間。囲炉裏を囲む大輝と幸三。
茶をすする二人。
大輝「おいしい」
幸三「久しぶりやろ、囲炉裏で沸かした茶は」
大輝「うん、ごめんねじいちゃん。なかなか帰って来れなくて」
幸三「かまへん、大学で勉強がんばっとるんやろ。しかし、こんな島の小さい学校で大丈夫なんか」
大輝「教育実習は母校でやるもんだよ。それに先生をやるのに生徒の人数は関係ない」
幸三「なあ、大輝」
大輝「うん?」
幸三「大輝、しっかりやれよ。なりたいもんなって、やりたいことやれよ」
幸三、茶を飲み干して立ち上がる。
幸三「ほな、お先に」
大輝「うん、おやすみ」
大輝、小さくありがとうと呟き茶を飲み干す。
③小学校、教室
学年がバラバラの十数人の生徒たち、座って大輝の方を見ている。
ガチガチに緊張している大輝。
大輝「きょ、今日からみなさんと一緒に勉強させていただく、原大輝といいます! よろしくお願いします!」
大輝が頭を下げる。
大輝の隣の中年女性教師が拍手する。
それに続いて生徒たちも拍手。
女性教師「大輝先生はこの島の出身で、この学校にも通っていた皆さんの先輩なんですよ」
大輝「そ、そうです! 今は大学に通うために島を離れていますが、母校で教育実習が出来て、とても嬉しいです!」
生徒たちがさらに大きく拍手をする。
女性教師「それでは早速なんですが、大輝先生」
大輝「はい! 算数も国語も、予習はばっちりです!」
女性教師「さすが大輝先生! それでは皆さん、一時間目は川遊びでーす!」
生徒たちから大歓声が上がる。
戸惑う大輝。
早川悟(9)が席を立ち、大輝に近づく。
悟「だいじょーぶ! 釣り竿なら、俺が貸してやるよ!」
大輝、女性教師を不安そうに見る。
女性教師「みんな大輝先生と遊びたいっていうことです」
笑顔の女性教師と苦笑いの大輝。
④とある川
浅瀬の川で水遊びをする子どもたち。
少し離れて、釣りをしている大輝と、それを見守る数人の少年たち。
大輝「そりゃーーーっ!」
釣り竿を引く大輝、エサが食べられてしまっている。
少年たちから深いため息が漏れる。
大輝の側に来る悟。
悟「ぜんぜんダメやなあ。ええか、釣りっていうのは」
大輝に釣りのアドバイスを始める悟。
⑤(回想)とある川
T・十年前
釣りをしている大輝(11)と幸三(66)。
大輝「どりゃあーーーっ!」
釣り竿を引く大輝、エサが食べられてしまっている。
幸三「ぜんぜんダメやなあ。ええか、釣りっていうのは」
大輝「したことないもん、釣りなんて」
釣り竿を放り投げ、座りこむ大輝。
困った顔の幸三。
⑥原家、居間(夕)
囲炉裏に火を起こす幸三。
隅っこで座っている大輝。
幸三、釣った魚を串に刺し、囲炉裏に立てる。
幸三「釣りたての魚は美味いぞお、大輝」
大輝「それ、焼いてるの?」
幸三「そうや。囲炉裏で焼いた魚なんて食べたことないやろう」
大輝、囲炉裏に近づいて焼かれる魚を見ている。
☓☓☓
幸三「ほら、焼けたで」
大輝、焼き魚にかぶりつく。
大輝「めちゃめちゃ美味しい!」
幸三「せやろ」
焼き魚を美味しそうに食べる大輝。
幸三「大輝」
大輝「?」
幸三「すまんな、じいちゃんは釣りくらいしか教えてやれることがないんや」
大輝「てんてんてん」
幸三「お父さんもお母さんも、頭のええ人やったから何でも教えてくれたやろ」
大輝「うん」
幸三「大輝のお父さんも、釣りは下手くそやったなあ。でも勉強は誰よりも得意やった」
大輝「そうなの?」
幸三「ああ、子どもの頃から周りの友達に勉強教えとったなあ。学校の先生ちゅうのは、天職やったんちゃうか」
大輝「なあじいちゃん」
幸三「ん?」
大輝「僕も先生になりたい」
幸三「おお、なりたいもんになったらええ。やりたいことやるのが一番や」
大輝「お父さんみたいな立派な先生になれる?」
幸三「なれる! お父さんも天国で泣いて喜ぶで」
大輝「本当!? じゃあがんばる! 勉強がんばって、学校の先生になる!」
大輝、魚を勢いよく食べ始める。
幸三「お、おい、ワシの分がなくなるやないか! こら釣りの方も相当がんばってもらわないかん」
大輝「うーん、勉強の合間にね」
笑い合う二人。
⑦(回想)とある川
真剣な表情で釣りをしている大輝。
遠くからこっそりと見守る幸三。
ゆっくりとリールを回す大輝。
大輝、魚を釣り上げる。水しぶきがキラキラと舞い散る。
幸三、ガッツポーズ。
大喜びの大輝。
⑧元の川
真剣な表情で釣りをする大輝(21)。
見守っている少年たち。
ゆっくりとリールを回す大輝。
大輝、魚を釣り上げる。水しぶきがキラキラと舞い散る。
大喜びの大輝と、拍手をする少年たち。
⑨川から学校への帰り道
大輝と悟が歩いている。
悟の持つバケツには大漁の魚。
大輝「悟くんは、釣りが得意なんだね」
悟「うん! 父ちゃんが漁師やから教えてもらった! 俺も将来は父ちゃんみたいな立派な漁師になるねん!」
大輝「(ハッとして)お父さんみたいに」
悟「うん! 島一番の漁師になるから! 俺!」
大輝「すごいね。うん。きっとなれるよ」
悟「そのあとは黒潮を征服するんや! 土佐も三陸も焼津も、俺の傘下にするで!」
大輝「ええ?」
悟「ゆくゆくは太平洋を股に掛ける、漁師の王に、俺はなる!」
うおおおと吠えながら拳を突き上げる悟。
大輝、揺れて水が溢れそうになるバケツを慌てて支える。
⑩原家、大輝の部屋(夜)
机に向かって書類を作成している大輝。
三が戸を少し開けて声を掛ける。
幸三「大輝、明日朝一番の船で帰るんやろ」
大輝「うん、でも教育実習の報告書を大学に出さないといけないから」
幸三「茶、飲むか」
手を止めて微笑む大輝。
大輝「うん、飲む」
☓☓☓
居間。囲炉裏を囲んで茶をすする二人。
幸三「大輝、疲れたやろ。教育実習は」
大輝「ううん、楽しかった。俺、やっぱりこの島で学校の先生になるよ」
幸三「大輝、それはできんのや」
大輝「え?」
幸三「この島の学校は来年、廃校になる」
大輝「廃校、そんな話、誰も言ってなかった」
幸三「ワシが校長に頼んだ、教育実習の間はその話はせんといてくれと」
大輝「島の子どもたちは」
幸三「船で本土の学校へ通うんや」
大輝「船でって。廃校はいくらなんでも」
幸三「大輝、たしかに通学は大変や。でもな、島の子どもら見たか? こんなちっちゃい島には収まらん、でっかい夢を持ってなかったか?」
大輝「夢てんてんてん」
幸三「それはお前も一緒や」
幸三、大輝の履歴書を取り出す。
資格欄に多数の資格が書かれている。
幸三「これは校長にもらった、お前の履歴書のコピーや。ようがんばったな。これならどこでもやっていけるやろ」
大輝「でも、それじゃじいちゃんが」
幸三「かまへん言うてんねん。覚えてるか? 子どもの頃、釣り下手くそやったお前が初めて釣ってきた魚のこと」
大輝「うん、じいちゃん、囲炉裏で焼いて、うまい、うまい言うて食べてくれた」
幸三「あの味は忘れへんで。子どもの成長ちゅうのは何より嬉しい」
大輝「うん」
幸三「だからこの島にこだわる必要はないんや。やりたいようにやれ、大輝」
大輝「うん、うん」
徐々に弱まっていく囲炉裏の火。
大輝の涙が囲炉裏の灰に点々と染みを作る。
⑪船着場(朝)
連絡船に乗っている大輝。
見送りに立っている幸三。
大輝「じゃあ、行ってきます」
幸三「おう、しっかりやれよ」
ゆっくりと船が動き出す。
船着場に走って来る少年少女たち。
少女A「もー! 悟が寝坊するから、船出ちゃってるじゃない!」
悟「まだ間に合うって! おーーーい! せんせーーーーい!」
船着場から手を振る少年少女たち。
大輝、船から手を大きく振り返す。
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