【詩を食べる】通りすがりの女に(ボードレール)/カルダモン風味のチョコレートスフレ
詩のソムリエによる、詩を「味わう」ためのレシピエッセイです。もうすぐバレンタインデー。そわそわ、恋の季節。今日紹介するのは、フランスの詩人・ボードレールの一瞬で永遠なる恋と、チョコレートスフレです。
決してふれることがない恋でも
人を好きになる。
見つめられたい、手に触れてみたい、髪に触れたい…など、自然に想いがあふれていき、二人は近づいていく。
ただ、そうして「ふれあう」ことだけが恋ではない。
指一本触らない、目すらあわせない恋もまた、恋である。
そちらのほうが純度が極度に高く、そして永続性があるかもしれない。
…そんなことをハッと気づかせてくれるのが、シャルル・ボードレール(1821-1867)の「通りすがりの女に À Une Passante」だ。
いまも鮮やかな、ボードレール「通りすがりの女に」
ボードレール「通りすがりの女に」は学生のときフランス詩の授業で習った詩だ。雑踏のなか一瞬、交差した女への十四行詩。
この詩は、喪服に身を包んだひとりの女が通りすぎたシーンからはじまる。劇的な描写に、くらりとする眼差し。第3・4連の独白がドラマチックだ。
魔物に憑かれたようにこの詩に魅せられて10年以上たつ。なにか愛にたどり着けない想いをするたびにこの3行を胸でたどることになり、そのおかげでいまだに暗唱できる数少ないフランス詩だ。
古びた陽の当たる教室に響いた教授の朗読も、いまだ遠鳴りのように頭を離れない。それくらい、狂おしく、強烈な詩。
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永遠と一瞬
この詩が書かれた19世紀、美( beauté)はその価値を聖書や神話の「永遠性」(l'éternité)に置いていた。二度と起こりえない雑踏の中の「ふとした一瞬」(l'éphémère)は、美という概念とは相容れなかったようだ。(そもそも、「大都会」や「雑踏」が出現したばかりの頃だった)
そんな「うつろいやすい、偶然的なもの」と「永遠・不変のもの」が織りなす芸術性=現代性を発明したのがボードレールであり、この詩にもしっかりあらわれている。
雷のような一瞬を、永遠にしてしまうボードレールの魔法!
儚い、危ういシーンを切り取っていながら、詩の技法上を注意深く見てみるとソネットや音韻で永遠の調和を織りなしているのも美しい。
ほんものの永遠とは、一瞬のなかにある…ボードレールはそう言いたいのだろうか。そんな精神がきいているから、今も愛され、読みつがれるのだろう。
また、同じくフランスの美術家マルセル・デュシャンの造語で「アンフラマンス inframince」(「極薄」)というものがある。移ろいのなかに生まれる境界を指す言葉で、たとえば人が座っていた席に残る気配や温もりもアンフラマンスという。(日本語でいう「間」)
この詩には、通り過ぎた女の裾さばき、視線、そういった極薄の気配が充溢していて、なんとも色香がある詩だ。
やがて儚く消え、余韻が残る。カルダモン風味のチョコレートスフレ
この詩の苦味、甘さ、驚き…そして気高い余韻をイメージして作るのは、香りの女王・カルダモンを使ったチョコレート・スフレ。
カルダモンはほんの少し入れるだけで、忘れがたい高貴な香りをまとわせてくれる、チョコレートと相性のいいスパイスだ。焼き立てはフワーッとふくれあがり、そして儚くしぼむスフレの余韻をぜひ味わってほしい。
熱々とろとろの状態で食べるのもいいけれど、次の日にしっとりと冷えたスフレもまたおいしい。恋が冷めてからも、思い出は甘いように。
ちなみに、カルダモンは少量でも媚薬のようにかなり効くので、ご注意を。
作者についてのあとがき
シャルル・ボードレール(1821-1867)フランスの詩人。「近代詩の父」
▼優等生だったボードレール。しかし「文学者になる」!
パリに生まれる。6歳で父が死去、母が再婚し、それが原因の鬱屈を生涯抱えることになる。
その後、養父のもとで「優等生」として努力していたが、最終学年で教員と問題を起こし中退。その後、高校卒業の認定を受けてパリ大学の法学部に入るも、法律を勉強した気配はなく、「文学者になる!」と言って家族を失望させる。
▼散財しすぎて…
ボードレールは20歳になると亡父の遺産を引き継いで散財。それに危機感をもった親族らによって、半ば強制的にアジア行きの遠洋航海に出させられるが、嫌気がさして途中下船。(亡父の遺産で散財の限りを尽くし、結局死ぬまで貧窮に苦しむこととなる)
▼文学者としてのデビュー!
ボードレールが知られるようになったのは最初、詩人としてではなく評論家としてだった(以降、詩人が美術評論する流れができる)。彼の最大の功績は「モデルニテ」(現代性)の概念を発見し「新しさ」のもつ美を見出したこと(だが、ヨーロッパ社会の近代化や、産業の進歩には激しい敵意を抱いていたらしい…)。
生前発表した唯一の詩集『悪の華 Les Fleurs du mal』(1857)は「公序良俗に反する」として処罰されるも、大衆からは人気を博し重版、詩人としての地位を確立。その卑猥で耽美的な内容は、日本の文壇も含め、絶大な影響を後世に与えることとなる。
堀口大學や福永武彦、金子光晴らが日本語に翻訳。読み比べもおもしろい
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