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観梅ノ記 春の声は風に乗って

菅公に合わせる顔もないままに無学の散歩梅ばかり美(は)し
虫干しの散歩に出(いで)て鄙の里梅はこぼれて社(やしろ)へつづく
枝垂れ梅菅公しのび咲きそろい昔日の影たちのぼりゆく
情念の宿木として髪のばしレースを纏い春の墓地ゆく
百花より先駆けて咲く梅の香が眠れる人の声となりゆく

春の声は風に乗って
築城され、かつて言葉の砦だった廃墟を探しあぐねて、墓地を彷徨っているうちに、曇天からこぼれる雨があり、もはや骸と化した言葉の亡霊が、水中に溶け出して体に染み入ってくる。このどこかに眠る人々の遺言や、残された書物、墓碑銘から立ち昇る死者の香りを焚きしめて、素足に踏む石畳を濡らしていきたかった。花もない寂れた景色の中で、あなたの墓標だけが古びて、もはや花を手向ける者もおらず、傍に建てられた詩碑が雷に砕かれたままになっている。まだ実と意味とが分かち難く結びついていた時代に、あなたは詩を書き綴り、そうして時の定めによって朽ちた。もはや図書館の奥底に沈むばかりとなったあなたの歌を、掘り起こしたところで、実と分離してしまった語義は、浮遊するばかりで、その形をとどめない。たしかなものはあなたの墓の頭上に溢れる梅と、その香りばかりだが、そうしてあなたの名を冠して調香師が調えた香りも、いつかは霧散してしまう。墓地に建てられた尖塔から鳴り響く鐘の音が死者のたましいを奏でるとき、その無声の嘆きに、そして祈りに、静かに耳を傾ける。谺する音色に混じって、春、とあなたの呼び声が風に混じってよみがえる。

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