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ただただ、だだちゃ豆のことを

この夏も、実家の父母からだだちゃ豆が届いた。

わたしがこどものころから、だだちゃ豆を「おいしい、おいしい!」とパクパク食べる子だったからかどうなのか、結婚してから毎年たくさん送ってくれるようになった。

九州の片隅で、わたしはいそいそと、山形から届いただだちゃ豆をゆでる。

* * *

ところで、だだちゃ豆をご存知だろうか?

だだちゃ豆は枝豆の一種で、山形県庄内地方の特産品である。「だだちゃ」というのは庄内の方言で、「おやじ」「お父さん」という意味だ。

同封されていたJA鶴岡のリーフレットによると、

その昔、庄内藩の殿様が旨い枝豆を食べては「今日はどこのだだちゃの枝豆か」と言ったことに由来するとか。見てくれは悪いが、鶴岡以外の土地で作っても本来の味わいが出ないというわがままな枝豆です。収量性も低く、収穫時期も短いなど非常に作りづらい枝豆ですが、その味は別格です。

とのこと。自ら「別格です」って……、自信に満ちているな。

でもまあわかる、別格だもの。個人的に枝豆はこれ以外考えられないくらい好きなのだが、友人知人たちに「だだちゃ豆」といってもまず通じることがないので、知名度はまだまだ低い気がしている。

なので今日はひたすたらに、「だだちゃ豆とわたし」についてのべて終わろうと思う。もちろんJA鶴岡の回し者でもなんでもない。ただの、だだちゃ豆大好きおばちゃんである。

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だだちゃ豆とわたしは、こどものころからの付き合いだ。

わたしは関東で生まれ育ったが、両親はともに山形庄内地方の出身。こどものころは毎年、お盆シーズンには山形へ帰省していた。

この、こども時代の帰省のイメージとして私のなかでまず出てくるのが、「とうもろこし(方言:きび)」と「枝豆」なのである。

どこの親戚の家にいっても、必ずとうもろこしと枝豆はお決まりのセットのように、どん!と皿に盛られて出てくる。そして「◯◯ちゃん、きび、けぇ〜(食べて)」「豆、けぇ〜!」と、どんどんすすめてくれるのだ。

もう20年くらい前の話だけれど、そのシーンはいまでも強力に、頭に残っている。

そしてまた、わたしはそのとうもろこしや枝豆が大好物だった。

だっておいしいもん。こどもの口調でいえばそんな感じだ。大人になったいま、表現するならば、まず、どちらも甘い。そして、味が濃い。旨味がギュッッ!と凝縮されている。そんな感じだ。

そしてお土産や贈り物としても、毎年実家に枝豆が届けられていた。実家で食べる「枝豆」はつねに「だだちゃ豆」だった。世間を知らない小学生時分の私の頭のなかでは、「枝豆」イコール「だだちゃ豆」だったのである。

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だから給食でたまに「枝豆」が出たとき、“味、うすい枝豆だなあ!”と思っていた。でもまあそのときは、そういうハズレの「枝豆」もあるよねえ、くらいに思っていたのだ。

わたしの思う「枝豆」の味が「だだちゃ豆」のみの味で、世の中の大半の「枝豆」は「味のうすい枝豆」なのだと知ったのはいつごろだったのだろう。

なんとなく徐々に気づいていたけれど、はっきり自覚したのは大人になって、飲み会で「枝豆」をオーダーしたりするようになってからかもしれない。

しみついた感覚で完全に「だだちゃ豆」の味を期待して普通の枝豆をかじり取る。そして次の瞬間、「味、しない!!」となるのだ。

たぶん、北海道で生まれ育った方が上京してスーパーの牛乳を飲んだときに感じる衝撃に近いのではないかと思う。「味、うすっ!」というその衝撃。

もちろんどちらも丹精込めて育てる方がいらっしゃって、また育てられる豆や牛がいるので等しく価値のあるものだ。それは重々、理解している。

ただそのうえで、味わいはあきらかに「違う」のだ。

だだちゃ豆の、甘みと、旨味が凝縮されたあの味わいを、わたしは無意識に「枝豆」にもとめてしまう。

* * *

今年も、わたしは九州の片隅で、山形から届けられただだちゃ豆をゆでる。

水の中でゴシゴシと、サヤの毛を洗い流し、塩を入れてぐつぐつと沸騰したたっぷりのお湯のなかに、だだちゃ豆を放つ。

ゆですぎると旨味が逃げてしまうので、ゆで時間はシビアに。タイマーをセットし、その間にボウルに氷水を用意する。

タイマーがなったら、ゆで状態を確認し、手早くザルにとる。ボウルにはった氷水にざばあ!と開けて、一気に冷ます。

もうこの時点で、部屋中にだだちゃ豆の甘い香りがふうわりと漂っている。ああ食べたい。はやく、食べたいよ。

水を切っただだちゃ豆に塩をふって、完成だ。

* * *

さてさて、ちゃんと茹で上がったかしら。

そんな思いとともに、軽い気持ちでひとさや手にとり、まだ熱ののこる豆をほおばる。

もう、それがいけない。

ひと粒食べたら、もうひと粒。もうひと粒食べたら、またひと粒。どんどん勢いがついちゃって、止まらない。ひたすら手が勝手に、枝豆を口に運び続ける。

気づいたら味見のつもりで、ザルの半分くらいひとりで一気に食べていた、なんてことはよくある。

そのくらい、後をひく旨味なのだ。気をつけないといけない。

* * *

今年は1歳になった娘用に、薄皮を向いたものも数粒だけ。色、一切いじっていないのに、この美しさよ。自然界にはかなわない。

ふふふ、むすめよ、きみもだだちゃ豆デビューだね。

気をつけたまえ。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。