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中学英語の呪い3 Can/Couldの意味は「できる/できた」じゃない

英文論文誌の編集をしていた時、日本人の研究者の投稿で、《実験結果》を報告する論文の要旨や結論に、次のような文を見かけることが時々ありました。

High-performance material [X] could be synthesized by [Y] method.

これはおそらく、
「高性能な材料[X]が、方法[Y]によって合成できた
という日本文を訳したものでしょう。
「High-performance」じゃなくて具体的な性能は数値で入れなきゃだめでしょ、とか、「method」には、「方法[Y]」の一般性に応じて、定冠詞「the」か、不定冠詞「a」のどちらかが付くでしょ、という点はとりあえず無視していただき、一番問題なのは、助動詞《could》の使い方です。

これも、背景にあるのは、《中学英語の呪い》です。

僕たちは、教科書に助動詞が登場した時、例の《単語&和訳 1対1対応型単語帳》で、
  can = できる
と憶えました。
そして、もう少し経ってから、
  could = canの過去形
と習う。つまり、《単語帳》では、
  could = できた
となる。
だから、和文中の《できた》を《could》に置き換えるのは、しごく当然に思えます。

しかし、この《できた》という言葉には、《罠》が潜んでいます

積み木遊びをしている幼児に、
「5つ積み重ねてごらんよ」
と言います。
彼/彼女は、5つ積んだ後で、
「できた!」
と声を上げるはずです。

この《できた》という言葉には、《可能》というより、《達成》の意味が強いのです。

英語文化圏の幼児が同じ状況に置かれると、おそらく、
「I made it!」
と叫ぶでしょう。普通の過去形です。

研究者も同じで、目的としていた《Material [X]》が見事合成できた時、日本語では、
「できた!」
英語では、
「I/We made it!」
と歓声をあげるでしょう。

それは、《事実》としての《達成》であって、《論理》としての《可能》ではありません
もちろん、《可能》であることを実証した、《実例》のひとつにはなるわけですが。
実験系の論文は、基本的には事実の記述には《過去形》を使うことになりますから、この部分に《can/could》が入り込む余地はありません。

《can/could》は論理として《可能であること》を記述するのに使う助動詞なので、《可能なはずなのに‥‥(実現しなかった=できなかった)》と、むしろ、反対のニュアンスを持ちかねません


《単語&和訳 1対1対応型単語帳》に書かなければならないとしたら、
  can = 可能である
が、より適当でしょう。
  could = 可能であった(はずだ)
となります。

例えば、実験で、温度400 KではMaterial [X]が合成できなかった(とフツーに書いちゃうからいけない、《合成されなかった》と日本語でも書かなくては)、という場合。
実験事実を淡々と《過去形で》記述した後、《Discussion》のセクションで熱力学計算を行ったら、600 K以上の温度なら合成されたはずだ、という《論理的》結論が出た時、

The material [X] could be synthesized (if the heat-treatment were conducted) above 600 K. (カッコ内は省略されるかも)

という《could》を使った記述(仮定法過去)はありえます。
(論文の審査者に「それなら、追加実験をやってから再投稿しなさい」と言われる可能性が高いけどね)


まあ、しかし、この、
「できた!」
という達成感を表現したい気持ちは、実験系研究者として、わからなくもない。

だから、《can/could》を使わず、実験事実を過去形で記述してはいるが、

High-performance material [X] was successfully synthesized by [Y] method.

という記述もよく見かけます。

僕が審査者の時は、
(気持ちはわかるけど……)
とつぶやきつつ、《successfully》の削除を求めます。

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